昼休みの後、いよいよ魂を入れていく。全長十八メートルの巨大構造物に果たして魂など宿るのか? その答えは誰も知らなかった。何しろこの世界の魔法の最高峰、王都の魔塔の魔術師たちであってもそんなことやったことも無かったのだ。

 ミラーナは目をつぶると大きく息をつき、モビル・アーツの太さ四十センチはあろうかという人差し指に手を当て、イメージを固めていく。この十八メートルの巨体の隅々に至るまで活用するイメージを土魔法の文脈で整理して、呪文の形に変容させていった。それは彼女が土魔法を修練し尽くしたからこそ可能な高度な技術の発露である。

「オディ、行くわよ?」

 ミラーナはイメージを保持したままボソッと言った。

「OK! そーれっ!」

 オディールはミラーナの背中に手を当て、魔力をミラーナへと流し込んでいく。

 ミラーナはぶわっと黄金色に輝き、その手からほとばしった黄金の光はモビル・アーツへと流れ込んでいった。

 しかし、十八メートルの巨体にはなかなか行き渡らない。うすぼんやりと光るもののすぐに消えてしまう。

「足りない……? パワーアップ!」

 オディールは魔力の湧き上がる下腹部に気合を入れると一段ギアを上げ、さらに強烈な魔力をミラーナに渡していく。

 くぅぅぅ……。

 激しく光り輝くミラーナは目をギュッとつぶり、苦しげな声を出した。額には脂汗が浮かんでいる。

 このままではダメだと悟ったミラーナは叫ぶ。

「オディ! もっと!」

「えっ!? でも……」

 すでに莫大な魔力がミラーナに注がれ、激しい輝きを上げている。これ以上の魔力の注入は下手をしたらミラーナの命に関わるかもしれない。

「いいから早く!」

 ミラーナは有無を言わせぬ気迫で叫んだ。

 オディールは大きく深呼吸をすると覚悟を決め、下腹部に渾身(こんしん)の力をこめていく。

 ぶわっとオディールの身体も激しい黄金の光に包まれ、かつてないほどの魔力の奔流がミラーナを貫いた。それはまるで地上に太陽が現れたような激しい光の洪水だった。

 ぐわっ! ひぃっ!

 かたわらで見ていたトニオたちがあまりの眩しさに顔を覆って後ずさりする。

 直後、モビル・アーツの全身も光に覆われ、ズンという衝撃と共に、辺り一面を覆う強烈な閃光が空も地も包み込んだ。

 うはっ! くぅ……。

 舞い上がる土煙。

 ミラーナは顔を覆いながら薄目を開け、叫んだ。

「起きるのよ! フローレスナイト!」

 直後、土煙の向こうで多角形の目がまばゆい黄金の光を放つ。

 ギュィィィィン!

 電子音があたりに響き渡り、ゆっくりとモビル・アーツ【フローレスナイト】は体を起こし始めた。

 「こいつ、動くぞ!」

 恐る恐る様子をうかがっていたトニオは目を真ん丸に見開いて叫ぶ。まさか本当にビルみたいな大きさのゴーレムが動くとは思っていなかったのだ。

 フローレスナイトは身体をむっくりと起こすと、地響きをたてながらブーツに力を込め、立ち上がる。

 身長十八メートル、もうもうと立ちこめる土煙の中で高層ビルのような壮麗な巨体は強烈な存在感を放った。

 ぐぉぉぉぉぉ!

 フローレスナイトは空を見上げ、高々と両腕を掲げると重低音の雄たけびを上げた。

「おぉぉぉぉ……」「あわわわ……」

 オディールとミラーナは腹の奥底に響く気迫に圧倒され、思わず後ずさる。

「ひぃぃぃ……」「うわぁぁ……」

 トニオとヴォルフラムは恐怖に包まれ、抱き合いながら震えていた。こんなものが襲い掛かってきたら一瞬でミンチにされてしまうのだ。二人とも冷や汗を流しながら息をのむ。それだけフローレスナイトの放つエネルギッシュな気迫は桁外れだった。

 ミラーナは大きく息をつくと鋭い視線をフローレスナイトに向け、指さして叫ぶ。

「直れ!」

 その毅然(きぜん)とした態度にみんな驚き、どうなるのか固唾を飲んで見守った。

 すると、フローレスナイトはギュィィィィンと電子音を響かせながら身体を下ろし、ミラーナにひざまずく。

「おぉぉぉ」「すごい!」「やった!」

 フローレスナイトはゆっくりと手を伸ばし、極太の人差し指をミラーナの前に差し出した。

「うん、いい子ね。よしよし」

 ミラーナはニッコリと笑いながら太い人差し指をさする。

 グォォォォ。

 フローレスナイトは嬉しそうにのどを鳴らした。

「あなたは私と、このオディの命令を聞くこと。いいね、分かった?」

 ミラーナは小首をかしげながらフローレスナイトの光る眼を鋭い視線で貫く。

 グォッ!

 うなずくフローレスナイト。

「よーし、いい子だ」

 ミラーナは嬉しそうに微笑むと何か呪文を唱えながら人差し指にチュッと軽くキスをした。

 刹那、フローレスナイトはぶわっと全身が輝き、ウォォォ! と、嬉しそうな雄たけびを上げる。

 かくして前代未聞の巨大ゴーレムは魂を宿し、セント・フローレスティーナの大いなる守護神として仲間に加わったのだ。

 夢にまで見たモビル・アーツが今、生き物のように動いている。それはオディールの原風景の大切な一ページの具現化であり、まさに夢の実現であった。

 YES! YES!

 オディールは両手を空へと突き上げて叫ぶ。子供の頃、一生懸命プラモデルとして組み立てていたあいつが今、ここで等身大の生を受けた。それはオディールの心に限りない輝きを放つ。

「ねぇ乗せて!」

 オディールは目をキラキラと輝かせながらフローレスナイトに頼む。

 フローレスナイトはうなずき、オディールの前に手を広げた。手のひらに乗れということらしい。

「一緒に乗ろ!」

 オディールは躊躇(ちゅうちょ)するミラーナの手を引いて乗り、フローレスナイトは立ち上がった。

「うわぁ!」「ひぃ!」

 まるでエレベーターに乗ったように、一気にビルの五階に相当する高さにまで引き上げられ、はるか下の方に小さくなったヴォルフラム達が見える。

 二人はさすがに足がすくんだ。

 胸の所のコクピットのキャノピーがゴリゴリゴリと音をたてながら開き、手のひらはその前で止まった。しかし、キャノピーと手のひらとの間には大きな隙間があり、落ちたら即死しそうである。

「え? ここから跳び乗れって?」

 オディールはミラーナを見る。

「オディの設計でしょ?」

 ミラーナはちょっと不機嫌そうに答えた。

「そ、そうだったね……。オディール、行きまーす!」

 オディールは意を決してピョンと跳んでコクピットに飛び込む。

「ふぅ……。セーフ。ちょっと手すりとかが要るなぁ」

 オディールは渋い顔をしながらミラーナに手を差し伸べる。

「どこにどうつけるか考えてね?」

 ミラーナはそう言いながらおっかなびっくり、オディールに引かれるままにコクピットに乗り込む。

 トニオとヴォルフラムはその危険な搭乗風景をハラハラしながら見守っていた。

 のどかな花畑にはそぐわない近未来的なフォルムの巨大ゴーレムに二人の美少女が乗り込む。その現実離れした光景に言葉を失い、ポカンと口を開けるばかりだった。