その頃、王都の宮殿に動きがあった。内務省の方で緊急の会議が招集されたのだ。

 内務大臣以下、そうそうたる面子がそろう中、担当者から『今年は降水量が少なく、このままでは大飢饉になるかもしれない』との報告がなされる。

 本来もっと早く報告すべきだった担当者は、ビクビクしながら内務大臣の方を見た。

「こんなになるまで何をやっとったんだ! で、教会の聖女はなんと言っとる?」

 大臣は渋い顔で報告書をテーブルに放り投げ、担当者をギロリとにらんだ。

「『東方聖地の金髪少女オディールに頼れ』とのことで……」

「オディール? 誰だ?」

 大臣は隣の側近をチラっと見る。

「元公爵令嬢のことかと。彼女のスキルは【お天気】と、聞いています。そのスキルを使えというお告げなのかと……」

 ザワっと会議室に穏やかでない空気が流れた。王子が追放した元公爵令嬢、それに頼ることは王家の不興を買う施策であり、とてもそのままでは王様に進言できない。

 内務大臣はギリッと奥歯を鳴らし、ガン! と、こぶしをテーブルに叩きつけた。

 くぅ……。

 目をギュッとつぶり、しばらく何かを考えた末、大臣は低い声を絞り出す。

「本件は王室マターだ。他言無用……。解散!」

 参加者はお互いの顔を見合わせながら静かに立ち上がると、そのまま何も言わず退室していった。


        ◇


 若い男が宮殿の王子の部屋のドアをノックする。

「ご報告があります」

 男は辺りを気にしながら言った。

 ほどなくガチャリとドアが開き、バスローブ姿の王子が乱れた金髪をそのままに、顔をのぞかせる。

「おう、間の悪い奴だな。早く入れ」

 王子も周りを気にしながら部屋に招き入れた。

 男が奥のベッドルームをチラッと見ると、若い女があられもない姿で横たわっている。 男は苦笑をすると、報告を始めた。

「王室マターの情報を得ました……」

「フンッ! 続けろ!」

 王子は面倒くさそうに眉をひそめてソファにドカッと座ると、ティーカップを取る。

「はっ! 先ほどの臨時会議で……」

 男は諜報の成果を報告していく。

 ティーカップを傾けながら聞いていた王子は、オディールの名前を聞くと急に顔色が変わった。

「ちょっと待て! 誰だって?」

「オ、オディールです。殿下の元婚約者の……」

 男はビクビクしながら説明する。

「あんの小娘がぁぁ!」

 王子は激高し、ティーカップを壁に投げつけた。

 パリーン! と、カップが砕ける鋭い音が部屋に響く。

 ヒッ!

 思わずおびえる男。

「小娘は俺が追放したんだ。今さら頼むなんてことできるか!」

 王子はドカッとローテーブルを蹴飛ばし、ティーポットが転がり落ちる。

「い、いや、しかし、聖女のお告げを無視することはできません。このままでは……」

 男は転がってくるティーポットをよけ、冷汗を流しながら食い下がった。

 王子は上気した顔で爪をガリガリとかじりながら必死に何かを考える。啖呵切って追放した小娘に頭を下げるなんてそんなことはあってはならないのだ。

 張り詰めた雰囲気が部屋を支配する。

 やがて王子はピクッと眉を動かし、いやらしい笑みを浮かべた。

「ふふん。いいことを思いついたぞ。奴隷だ、奴を奴隷にしてしまえばいい。捕まえて奴のぺったんこの胸に奴隷の焼き印を入れてやれ!」

「いや、強引に奴隷にするのは違法では……?」

「知らん! 俺は国外の奴隷商から奴隷を買うだけだ? 何か問題が?」

 ドヤ顔でニヤッと笑う王子。要は、第三者が国外で勝手にオディールを奴隷化した形にしてしまえば問題ないということだった。

「あ、そ、それなら……」

「上手くいったら褒美に一晩小娘を好きにさせてやる」

「ほ、本当ですか?」

「お前、ああいうツルペタが好きなんだろ? いい声で鳴かせてやれ」

 悪い顔をして男の顔をのぞきこむ王子。

「えっ!? いや、そのぅ……」

「今すぐ手はずを整えろ!」

「ハッ!」

 男は敬礼をすると足早に部屋を出ていく。

「小娘め! 俺を怒らせたらどうなるか見せてやろう……。クフフフ……、はっはっは!」

 悪意を孕んだ不気味な笑い声が部屋に響いた。


         ◇


 ところ変わってガスパルを仲間に迎えたセント・フローレスティーナ――――。

 オディール一行は夜遅くまで飲んで歌って騒ぎ、翌朝、ガスパルはレヴィアに乗って村へと飛んで行った。村のみんなの勧誘をしてくれるらしい。

「みんな来てくれるかなぁ……」

 花咲き乱れる丘の向こう、朝日を浴びながら空高く遠く小さくなっていくドラゴンを眺め、オディールはつぶやく。

「ふふっ、来てくれるわよ。セント・フローレスティーナみたいな素敵なところ、どこにもないんだもの」

 ミラーナはニッコリとほほ笑み、オディールの手を取った。

「これもミラーナのおかげだよ。ありがとう……」

 幸せに満ち溢れた笑顔を浮かべ、オディールはミラーナの手を愛情深く、ぎゅっと握りしめた。

「ふふっ、役に立ててよかったわ。私たちいいペアかもしれないわね」

「あれ? ずっと前からいいペアだったよ?」

「いたずらっ子だったくせにー」

 えへへへ。うふふふ。

 さわやかな朝日が花畑を色鮮やかに輝かせる中、二人は幸せいっぱいに笑い合った。

 この微笑ましい光景の裏で、オディールに向けられた悪意が着実に彼女の運命に手を伸ばしてきていたが、二人はそんなことを知る(よし)もなかった。