その時だった。
 一陣の、腐った肉のような臭いのする風が吹きすさぶ。なまぬるいそれが瞬きのうちに周囲に立ち込め、庭園の草花を一瞬で枯らしきった。
 からん、からん、からん、からん。がむしゃらに鳴らしたような鐘の音が響く。

 エリナはその音に既視感と、頭がわれるような痛みを感じて地面に膝をついた。
 クリスがかばうように抱きしめてくれなければ、エリナは意識を失っていただろう。
 ついで、遠くから通り抜けるような、しゃがれた声が聞こえた。

「……そんなの、許さないわ!」

 ともすればひび割れた金切り声のようなそれは、目深にフードを被った人影が発したものであるらしかった。
 その人物は、エリナのほうを憎々しげに見たあと、フードに手をかけた。

「不思議そうな顔。ハッピーエンドだなんて思ってたんでしょう?幸せになって終わりだって。そんなわけない。そんなこと、絶対に認めないわ……!」

 そう言って、フードにかけた手をぐい、と引きずり下ろす。

 エリナはひっと息を呑んだ。
 今、エリナが見ている光景が、あまりにも凄惨なものだったからだ。

 フードの下は、かろうじてそれが女であることが理解できた。
 落ちくぼんでどろどろに溶けた目の色は、黒。
 ほとんど残っておらず、幾束かがくっついた膿とともに風にぶらぶらと揺れている黒髪は長い。