泣き止んでほしい。涙も流れていないのにそう思う。
 エリナは、今、この瞬間、あ、と思った。

 ――だめだ、これ。

 エリナはクーを見上げる。そして、ゆるゆると眉を下げた。
 胸のうちに、クーに対する憐憫や労り以外に、もう一つ、色のある心を感じる。
 気付いてはいけない心――それを知ってしまえば、きっと何かが劇的に変わってしまう心――。

 エリナは、クリスの頬をなぜながら、ぐっと奥歯を噛んだ。
 気付きたくない。だって怖いのだ。
 エリスティナさえ知らずに終わったひとつの感情を、もし知ってしまえばどうなるだろう。

 エリスティナだったころの記憶を思い出す。
 カヤはリーハを愛していたし、リーハもカヤを愛していた。
 番という関係ありきでも、エリスティナが見てわかるくらい、彼らは愛し合っていた。
 たとえ他人を傷つけても相手がいればそれでいいと考える、愚かでおぞましくも、ある意味では純粋だったそれ。