番は、呪いに似ている。
 それまでの意識を塗りつぶして番を愛する心は、はたして本当に、その番を愛しているからのものなのだろうか。

 クリスの目の下に色濃く刻まれた隈は、クリスに余計なことを考えさせる。
 失いたくないから探しているのに、そのすべてが無意味なことだと思わせる。

 ――その時だった。ふわりと香る、シチューの香り。
 それが急に濃くなって、クリスの鼻孔をくすぐった。

 はっと上を見上げると、窓を開けて顔を出した一人の女性が目に入って。
 赤毛に、青い目をした、平民。その顔を見た瞬間、クリスの腹がいきなりぎゅうう、と鳴った。

 何十年も感じたことのない空腹感に急激にさいなまれ、クリスはその場に膝をついた。こんな、どうして……。
 シチューの香りと同時に感じる甘やかな匂いは、恋焦がれていたものによく似ている。
 それが、エリスティナの魂の香りだと知覚する前に、クリスの意識は、まるで刈り取られるようにして暗転した。

 からん、ころん。鐘の音がする。
 そのとき、夕暮れの街で、ひとつの影が、路地裏へと姿を消した。