着替えを終えてリビングに入ると、柚葉は電話の子機を手にしているところだった。

(家にでも、電話するのかな?)
 そういえば柚葉が家出少女だったことを思い出す。

 今日は火曜日。柚葉も本来なら高校のはずだ。昨日、柚樹が怒り狂いながら下校した時、柚葉は朝と同じママの私服で洗濯物を畳んでいたから、たぶん高校に行ってないはず。

『女子高生が忽然と消えた! 謎の真相に迫る!』
 柚樹の脳裏に、テレビの特番ネタにありがちなタイトルが浮かぶ。

 さすがに、そろそろ誰かに無事なことを連絡しないと、大ごとになるかもしれないもんな。と、一人納得し、電話の邪魔をしないように静かにテーブルについた。

 今日の朝食もどうやら柚葉の手作りみたいだった。
 日曜の昼と夜に電子レンジで温めた母さんの料理を食べた柚葉が「私だって」と呟いていたのを思い出す。なんとなくだけど、母さんに対抗しようとしているのかもしれない。
 しれないが……。

 柚樹は眉をよせて目の前のお皿を凝視する。
 今朝のメニューは、メープルシロップをかけて冷凍フルーツミックスを乗せた緑色のパンケーキらしきものと、母さんが作り置きしていたほうれん草とベーコンのソテー、と、牛乳。それから。

 それから、皮を向いて、何やらねっちょりしたバナナに、赤紫色の奇妙なソースがかかったもの……。

(……食べれんのか? コレ)
 とりあえず緑色の変わったパンケーキを一口食べてみる。見た目よりもふわふわで美味しい。

(?)
 色からして抹茶かなと思ったけれど、抹茶のようでちょっと違うような不思議な味がした。
 ほんのり甘くて、ちょっと野菜っぽいような。変わっているけど嫌いじゃない味。好みは別れるかもしんないけどオレは好きな方かな。
 上に乗ってるシャリシャリの冷凍フルーツミックスと同時に食べると、温か冷たい感じが面白い。
 甘さ控えめなパンケーキにメープルシロップで甘味を足す感じが、オレ好み。

(この味、どっかで食べたことがあるような……)
 柚樹は首を捻る。母さんはこんなおかしなものは作らない。絶対に。

 それなら、どっかのカフェとかレストランとかで食べたんだっけ? 自然派カフェみたいなとこで出そうな味だけど、そもそもパンケーキって、オレ注文しないんだけどな。

(ま、いっか)と、ほうれん草とベーコンのソテーをつつく。
 これは、いつもの食べなれた母さんの味だ。角切りのベーコンとほうれん草の炒め物。味付けは醤油とレモン汁、だと思う。たぶん。

 ほうれん草のお浸しが好きじゃない柚樹のために、母さんが作り始めたサイドメニューだ。そのいつもの味に、今日はとろけるチーズが掛かっている。
 柚葉がレンジで温める時にアレンジしたようだ。ほうれん草の水気をチーズが上手く吸って、なかなかいい感じ。柚樹は一口で平らげた。

(で、このバナナは一体……)
 ねっとりした見た目のバナナ。表面には茶色い焼き色がついている。ということは、焼いてあるってことだよな。バナナを?
 フォークで切ってみると、断面は鮮やかな黄色をしていた。赤い色のソースをつけて、恐る恐る口に運んでみる。

「……ウマいかも」
 甘くねっとりしたバナナに、ほんのり甘酸っぱいソース。なんか、大人の味がする。受話器を耳に当てたまま「赤ワインのバナナフランベよ。アルコールはちゃんと飛ばしてあるからね」と柚葉がウィンクした。

 恥ずかしくなった柚樹が牛乳に手を伸ばした時、電話が繋がり柚葉がよそいきの声で喋りだした。

「あ、お世話になっております。私、6年3組秋山柚樹の親戚のものですが、担任の林先生をお願いいたします」
「ぶっ!」
 柚樹の口から派手に牛乳が噴き出す。