もうすぐ妹が生まれるー。

 母さんが入院したと知らされたのは、不吉で有名な13日の金曜日のことだった。
 11月13日の金曜日。朝からしとしと冷たい雨が降っていて、肌寒い6時間目の、算数のテストの真っ只中のことである。

 昨日まで10月中旬並みの秋晴れが続いていた。今朝は急激に冷え込んで、いつもは母さんにたたき起こされないと布団から出られない柚樹も、あまりの寒さに目が覚めた。

 日中の最高気温は8℃と天気予報で言っていたが、体感温度的にはもっと低い気がする。まだ暖房の準備ができていなかった教室は寒く、特別にジャンパーを着こんで授業を受けていいことになった。
 外は薄暗く、一日中嫌な感じで雨が降り続けていた。

 給食には、みんなが嫌いなセロリのヨーグルトサラダも出た。野菜の中でも癖の強いセロリと、水っぽいキャベツの千切り、微妙にしょっぱいいちょう切りのリンゴを酸っぱいヨーグルトであえるなんて、メニューを考えた人の舌は絶対におかしい。
 アレを美味しいと食べている生徒を見たことがないし、アレルギーのフリをして残す奴もいる。

 いつもは好き嫌いしないで食べなさいとうるさい担任の林先生が、セロリのヨーグルトサラダの残飯については知らんぷりなところを見ると、たぶん先生も苦手なんじゃないかと思う。

 マズい給食の後は、校庭で遊べない拷問の昼休み。
 そんでもって、最後の6時間目はとどめの算数テストと、13日の金曜日らしい不吉のラインナップに、みんな辟易していた。

 一日中黄色い蛍光灯をつけた6年3組の教室内は、どんより陰気な雰囲気がこれでもかと漂っている。
 とはいえ、この試練さえ乗り越えれば、土日の連休が待っていた。明日からはまた、天気も回復するらしい。

 希望の光も見え始め、ストレス解放も目前。どの席もちょっとそわそわしていた。
 柚樹もそうだった。
 いや、クラスに居場所がない分、みんな以上に休日が待ち遠しくてたまらない。

 ふと見たら、テストの名前の欄が空白という凡ミスをしでかしていて、(やばっ)と、慌てて『秋山柚樹』と氏名を記入していると、教室の前ドアがノックされた。

 みんなが一斉に顔を上げる。
 四角い窓からつるっと禿げた頭がひょっこり覗いていた。あの光り方は教頭先生だ。

 くすくす笑い声が漏れ、立ち上がった担任の林先生が「静かに」と人差し指を当てて、廊下に消えた。
 ただでさえ集中力の欠けたクラス。テストそっちのけでみんな興味津々にドアを見つめている。

「秋山君」
 戻ってきた林先生は、深刻そうに柚樹を呼んだのだった。

「妊娠中のお母さんが体調を崩して緊急入院されたそうよ。正門でお父さんが待っているわ。すぐに準備して帰りなさい」
 瞬間、ボッと耳が熱くなった。柚樹は真っ赤になって下を向く。

(最悪だ)
 なんで妊娠とか、みんなの前で言うんだよ!

「秋山君のお母さんって……」
 ひそひそ。

「先生、みんなの前で言っちゃうなんて、再婚の話知らないのかも」
 ひそひそ。

「オレだったら、ハズすぎて死ぬな」
 ニヤニヤ。

 妊娠。出産。再婚。赤ちゃん。

 ―エロい。

 柚樹に向けられる嫌悪と興味のまなざしに呼吸が乱れる。

「静かに! 他の人はテストに集中してください!」

 パンパン、と林先生が手を叩いている。
 斜め前に座る朔太郎がちらっと柚樹を振り返り「エロ出産」と舌を出して笑った。

 カッと、頭に血がのぼる。
 朔太郎の隣の席のゆかりが「やめなよ」と小さく制したが「柚樹の肩持つと妊娠するぜ」と言われ、巻き込まれたくないとばかりにテストに向き直った。

 死ね、死ね、死ね、死ね。

 柚樹は机の中の教科書をランドセルにぐちゃぐちゃ突っ込み、ペコリと先生にお辞儀をして逃げるように教室を飛び出したのだった。