「柚樹~、早く起きないと学校遅刻するわよ~」

 リビングで母さんが呼んでいる。ふわぁと、柚樹はベッドの中で丸まりながらあくびをした。
 やっぱり11月ともなると、朝はそこそこ冷える。

(うう~、あとちょっとだけ暖まってから起きよう)
 布団虫のまま、階段下から立ち昇る水っぽいごま油の匂いを嗅ぐ。

(朝ごはんに目玉焼きでも作ってるのかな、母さんにしては珍しいな)
 ぼぉーっとしながら、目覚まし時計に手をやった柚樹はぎょっとして一気に目が覚めた。慌ててクローゼットから目についた服をひっつかみ、手早く着替えてどだだだあ、と階段を駆け下り叫ぶ。

「何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」
「何度も階段の下から呼んだわよ」

「全然聞こえ……あ、れ?」
 腰に手を当ててプリっと怒っているのは、母さんじゃない。

「柚、葉……」
 そうだった。

 母さんは入院中で、父さんはベトナムに一週間出張で、一人暮らしを満喫しようとした矢先、家出したママの遠縁で女子高生の柚葉が上がりこんできたんだった。

(今、オレ、女子高生と二人で生活してるんだっけ……って、んなこと考えてる場合じゃない!)

「遅刻するからご飯いらない!」
 いそいそと洗面所に向かう柚樹の腕を掴んで「ダメよ」と柚葉が引き留める。

「でも、マジで間に合わないんだって」
「大丈夫。ラピュタパンだから10分もあれば食べられるわよ」

「ラピュタパン?」
 聞きなれないメニューに、柚樹は思わずテーブルを振り返った。

 こんもり具の乗ったトーストが一枚と、小さなガラス容器に入ったヨーグルトっぽいものが見える。あとは野菜スープのみ。
 いつもの朝食に比べて圧倒的に品数が少ない。

「ね。いけそうでしょ。朝ごはんは大事よ」
 見ていたらお腹がぐうと鳴った。テーブルについた柚樹は、さっそくトーストを手に取る。

 かりっときつね色のトーストの上に、ちぎったレタスがもさっと乗っている。その上に焦げ目の付いた長いベーコンが二枚、パンからペロンとはみだして香ばしい匂いをさせていた。更にその上に半熟の目玉焼きまで乗っかっている。
 具がこぼれないように両手でトーストを持ってかじると、サクッといい音がした。

「ヤベぇ……ウマい」
「でしょー」と柚葉が嬉し気にピースする。

 このトースト、なんかスゲーオレ好みの味。
 シャキシャキレタスに、塩気の強いカリカリベーコンが絶妙!そこにトロリと半熟の黄味が濃厚にからまって……。
 トーストに塗ったマスタードがピリッとアクセントになって食欲増進させてくれる!

「時間がなくてもこれならペロッと食べられちゃうの。黄味が垂れそうになったらトーストを三角に折って傾けながら食べてね」
 柚葉の説明を聞きながら、柚樹はあっという間にラピュタパンを食べ終えてしまった。時間があれば、おかわりしたいくらいだ。

 次にヨーグルトをかき込む。中に入っていたフルーツは冷凍のフルーツミックスをそのままいれたものらしく、甘酸っぱいベリーのシャリシャリ食感がイケる。
 これも秒で空になった。

 最後は野菜スープ。これは母さんが買い置きしていた市販のものだ。
 でも、一口すすって驚いた。市販なのに、母さんの作る手の込んだ(たぶん)スープに似ている。なんで?

「ふふっ。華やかな味がするでしょ。エキストラバージンオリーブオイルを数滴たらして、アクセントに黒コショウを振ってみたの」
 テーブルに頬杖をついて柚樹の食事を楽しそうに眺める柚葉は、得意げだ。そして何故か、めちゃくちゃ嬉しそうに見てくる。

「ごちそうさまっ! オレ、毎日こーゆー朝食がいい!」
 ぴったし10分で完食した柚樹は(これこそ、オレが求めていたスマートな朝食だ!)と、興奮した。