花火が繋ぐ

俺達は手を伸ばしても届かない距離に居る。

俺達の間には登っても登っても越えられない壁がある。

きっとあの日を境にこの関係が当たり前になったのだろう。

もう二度と戻れない場所に俺らは立っていた。


「そろそろ起きなさいね。」

婆ちゃんの声。

蝉の声。

潮風の声。

「今日は神社でお祭りだよ。」

「…ん。分かってる。」

「どうせ一日中宿題もしないで寝てるだけなんだから、手伝いにでも行ってきなさい。」

母さんの声。

全部五月蝿くて、心地良い。

起きるかぁ

鉛の様に重い身体を起こし、大きく伸びをした。

窓の外を見れば群青が広がっている。

微かに遠くから和太鼓の音も聞こえてくる。

海に囲まれたここは、人口三十人という小さな小さな島だ。

島民は全員顔見知り。

家族みたいなものだ。

そして毎年八月になると島の頂上にある神社で夏祭りが開催される。

俺は、小学六年までは毎年“あいつ”と行っていたが、今はもう夏祭りに参加することすらしていない。

三年前の“あの出来事”が無ければ、今でも一緒に参加していたかもしれない。

しかし、かもしれないは一生かもしれないのままだ。

“あいつ”が悪いんだ。俺じゃない。


冷たい水で顔を洗い、適当な洋服に着替えた。

テーブルに置いてある婆ちゃんが作ったオムライスを頬張りながら携帯の画面を操作した。

『今日の夏祭り一緒に誰か行かね?』

『俺行こうかな。』

『ごめん。私は友達と行く約束しちゃった。』

『おーけー。全然大丈夫。』

クラスのグループメッセージでは一緒に夏祭りに行くメンバーを募集していた。

当然俺は参加しないから返事もしない。

正直言って付き合いとか集団行動とか苦手。

鬱陶しいし面倒臭い。

それに友情なんてものはすぐに壊れる。

脆くて儚いものだ。

だから俺には必要ない。


携帯ゲームに夢中になって、気づけばデジタル時計は十六時を示していた。

「京介、夏祭りの手伝いに着いてきなさい。毎年毎年何もしないで。今年こそはちゃんと参加してもらうよ。」

「母さん、俺は今忙しいの。夏祭りなんて言ってる場合じゃ…っ痛。」

「何言ってんだよ。忙しいって宿題もやらずにゲームばっかのあんたが忙しい訳ないでしょう。言い訳しないで言う事聞く。返事は?」

母さんが一度こうなれば俺が何言おうと許して貰えないことはわかっている。

仕方がない、行くか。


長い石造りの階段を登ると、大きな紅い鳥居が構えている。

鳥居を潜ると、もう既に夏祭りは始まっていた。

たこ焼きにヨーヨー釣りに射的に綿あめ。

色とりどりの提灯が辺りを照らし、威勢のいい声がそこら中に溢れかえっていた。

少し真っ直ぐ先に進むと、砂利の広場がある。

いつもは何も無く殺風景でも、今日は櫓が建っていた。

櫓の下には大小様々な太鼓が並び、上を見ると浴衣を着た人達が盆踊りを輪になって踊っていた。


三年ぶりか。懐かしいな。

俺は祭りの雰囲気に浸りつつ、チョコバナナの屋台の店番をさせられていた。

「すみませーん。チョコバナナ一本ください。」

「ありがとうございます。五十円です。」

少し錆の着いた五十円玉を受け取り、チョコバナナを一本渡した。

「ありがとうございました。」

これの繰り返し。正直つまんね。

こっそり家に帰りゲームをしたい欲を抑え、無心でチョコバナナを売り続ける。


「すみません。チョコバナナ一本ください。」

「っはい。五十円です。」

ぼーっとしていた俺は慌てて顔を上げる。

目の前にいたのは“あいつ”だった。

一瞬だけ時が止まったような感覚がした。

俺は目を見開き言葉を失った。

「…やっぱりいいです。」

“あいつ”はそう言うと、走って立ち去ってしまった。

まさか祭りに来ていたなんて思いもしなかった。

三年ぶりに見た“あいつ”の顔が頭の中から離れなかった。


気づけば腕時計の針は七を指していた。

「京介、花火見てきていいよ。ここ私が変わるから。」

俺は母さんと交代し、花火を見にある所へ向かった。

毎年“あいつ”と一緒に花火を見た場所。

そこが一番綺麗に見えると“あいつ”が教えてくれた。

神社の裏の坂道を登ると大きな桜の木が見えた。

今は緑の葉で覆われているが、春になれば鮮やかな桃色の桜を咲かせる。

この場所はこの島のどの建物よりも高いため、何にも遮られずに花火を見ることが出来る。

ベンチに座ろうと歩き出すが、思わぬ先客がいた。

“あいつ”だった。


“あいつ”は、莉子とは幼馴染だった。

周りからは将来結婚するんじゃないかって言われるほどにいつも一緒にいた。

莉子は俺と違って物静かな性格だった。

自分の意見を言わず周りに合わせ、どんなに悪口を言われても言い返さず黙って耐える。

そんな奴だった。


ある日の帰り道、莉子が同級生に虐められていた。

俺はすぐに駆けつけ莉子を助けた。

莉子は相変わらず泣きながら黙って耐えていた。

俺はそんな莉子の態度が気に食わず、思わず口にしてしまった。

「なんで言い返さないんだ。そんなんだからいつまでも虐められてばっかなんだ。少しは成長しろよ、弱虫。」

言い終わった後で言い過ぎたと後悔した。

でももう遅かった。

莉子は泣きながら走って帰ってしまった。


それ以来莉子は俺を避けるようになった。

声を掛けても返事をしなくなり、目も合わせてくれなくなった。

これが俺と莉子の間に壁を作った原因だった。


俺はこの三年間ずっと後悔してきた。

何故あの時もっと優しく言ってやれなかったのか。

もっと莉子の気持ちを考えてやれなかったのか。

当たり前のようにいつまでも一緒にいれると思っていたのに、二人の友情は簡単に壊れてしまった。

もう元には戻れないんだろうか。

もう二度と莉子の笑顔は見れないんだろうか。


物思いにふけっていると、前方から声がした。

「そこに立ってないで座れば?」

莉子の声だ。

「…うん。」

俺は莉子の隣に腰を下ろした。


沈黙の時間が続く。

やっぱり帰った方が良かったか。

そう思い、立ち上がろうとすると

「ごめん。」

予想もしていなかった莉子の言葉に俺は息を止めていた。

「ずっと謝ろうと思ってた。この三年間ずっと避けてきたこと。あの時助けてくれたのに酷いことしてごめん。さっきも逃げてごめん。…色々ごめん。」

久しぶりに聞いた莉子の声。

あの時の莉子とは違って、はっきりとした声だった。

莉子はあの時から成長していた。

いつまでも成長出来ていなかったのは俺の方だった。

「…俺もごめん。あの時の莉子の気持ちも考えずに酷いこと言ってごめん。ずっと謝れなくてごめん。」

やっと言えた。

三年間言えずにいた言葉をやっと伝えることが出来た。

タイミングを見計らったかのように花火が打ち上がった。

「懐かしいね。毎年こうやって二人で見に来たよね。」

「うん。懐かしいな。」

「綺麗だね。」

「綺麗だな。」

こんなぎこちない会話で二人の間にできた壁を少しづつ壊していく。

俺と莉子の友情は、


夏の花火が繋いでくれた。