来ない。

家具がほとんど無い無機質なワンルームにカタカタと貧乏ゆすりの音だけが響いている。

なんで?なんで来ないわけ?

私はイライラしながらスマホの画面を叩く。 

時計の針はもうすぐ深夜の二時を回る頃だった。

「あーもう遅すぎる!何してるの?」

私の中で怒りのレベルが頂点に達し、怒りを表すスタンプを連打しまくった。

数秒待ったところで既読にはならない。

「ふざけんな。私の連絡を無視して何処にいるのよ!」

私は怒りに任せ、スマホをベットに投げつけた。

その時、玄関のドアが開く音がした。

振り向くと、私の怒りの原因の“彼”が立っていた。

「何してたの?私何回も何回も連絡したよね?どうして見てくれないの?私を放っておいて何してたの?まさか私以外の女と会ってたりしてないよね?何処で何してたのよ!」

私は不安と怒りで彼に質問攻めをした。

「ごめん。友達と飲んでたら盛り上がっちゃって。」

「嘘よ!女でしょ。私以外の女と会ってたのよ!」

「違うよ。本当に友達と飲んでたんだって。そこには男しかいないし、君以外の女と会ったりなんてしないよ。」

彼はいつもそうだ。私を安心させる言葉を言う。

でも、嘘だってことは丸見えだ。

だって、

「じゃあその首にある跡は何?その甘い香水の匂いは?私そんな香水持ってない。誰よ。何処の女と会ってたのよ!」

彼は失敗したかのような顔をして、手で首元にある赤い跡を隠した。

「ごめん。昔の同級生とたまたま会ってさ。つい…。」

「ねぇなんで?どうしてなの?私のどこが駄目なの?」

「いや、君に駄目なところなんてないよ。」

「じゃあどうして他の女と…。」

「次からは気をつけるから。ほんとごめんね。」

私の言葉を遮って彼はソファに座り込んだ。

「ねぇ嫌だ。嫌なことしちゃったなら謝るから。だから嫌いにならないで。離れていかないで。独りにしないで。お願い…。」

まただ。

こうやって私は彼を求めてしまう。

不安と恐怖で占領された心は彼が居ないと満たされない。

こういう時、彼は決まって私を抱きしめる。

そして、

「大丈夫。離れてなんて行かないよ。僕はずっとここにいるから。だから泣かないで。」

いつもはこれで安心する。

でも今日は違う。安心なんかできなかった。

「ねぇ離れないで。ここにいて。私だけを見てて。私だけのものに…。」

…私だけのものに。

その瞬間私の中で何かが壊れた。

プツッとちぎれる音がした。

そうだ。私だけのものにすればいいんだ。

───ワタシダケノモノニ…。

私は立ち上がるとキッチンへ向かった。

引き出しから“あるもの”を取り出すと、体の後ろに隠すようにして彼の元へ戻った。

銀色の輝きを放つ“それ”は私と彼を繋ぐ最終兵器とでも言うのだろう。

「ねぇ。本当にずっと私と居てくれるの?」

彼に最期の問いをかける。

「本当だよ。だからおいで。抱きしめてあげる。」

ニコリと無邪気なほほ笑みを向ける彼に、“それ”を向けたまま近づいた。

「じゃあちょっと痛いけど、苦しいけど、私と一緒になるためだから我慢してね。」

彼の左胸に簡単に入り込む“それ”は彼の服も私の手も紅く染めていく。

「大丈夫。すぐ楽になるよ。そしたら私と一生一緒に居られるからね。」

彼は何も言わない。

「これで私のものになったね。これでずっっと一緒だよ!」

暗く赤く染ったワンルーム。


───アイシテル。