「兄様っ」

「これは……どういうことだっ? 誰がこんなことを……」

 秋を受け留めた伊織の表情の変わる(さま)は、まるで水面に墨を垂らすが如くであった。返り血で汚れた悠仁采に気付き、血走った(まなこ)で彼を責めるが、悠仁采は昔を想わせるような眼つきでにやりと一瞥し、何も発しなかった。

「兄様っ、違うのです! 全ては私の未熟さが生み出したこと……」

「早まりましたな……朱里殿」

「いや……そうでもありますまい。これはそなたを出世させる良い機会だ」

 と、唇を(ぬぐ)って腰を上げ、伊織を真正面より捉えた。

「え……いや、何を申されておるのだ?」

 悠仁采の自信あり気な言葉と態度に、戸惑いを隠せない伊織は、その不思議な目力に気圧(けお)されうろたえた。

「わしに良い考えがありまする。が、説明は後に致しましょう、伊織殿。まずはこの二人を逃がすことだ。先程わしの見知った者への書状を二人に託しました。その者が必ずや二人を安住の地へお連れ致します。ですから……先に二人へのお別れを……」

「おじじ様っ、良いのです! 私など良いのですから……」

 涙も涸れ果てそうな秋の必死な言葉を、無言で制した悠仁采の表情は、いつになく優しいものであった。そう……月葉にだけ見せたあの(おもて)