二人の肩を借りて、久しく触れていなかった足裏を草履に当てれば、すっかり踏み締める力が抜けていることに気付かされる。少々くたびれた引き戸を開けた途端、(まばゆ)い陽の光に眼を突かれた。やがて明るさに慣れ、小屋を囲うように広く生い茂った木々の青き匂い、すぐ前を流れる小さな川のせせらぎなど、五感全てを甦らせる自然の力が彼を取り巻いた。

「暖かい……」

 秋の支えで数歩前進すると、小川の透明な水面(みなも)が悠仁采の蒼褪めた顔を照らした。小屋へ戻った伊織は茣蓙(ござ)を持ち出し、小川の手前に敷いて、鍋の粥も召し上がるようにと椀も添え、其処へ悠仁采を座らせた。ひんやりした茣蓙の感覚は徐々にぬくもりを得、再びの粥も身体を温めてくれる。伊織は以前乾燥させておいたおとぎりの花で煎じ薬を作ると言って中へ戻り、秋は悠仁采の隣に座して、先程摘み取ったおとぎりの葉を、桶に汲んだ小川の水で洗い始めた。

「おじじ様、これがおとぎりでございます」

 山野や路傍で良く見掛けるような、小さく可憐な黄色の花弁が幾つも群れを成している。秋はその透けるような白い指先で、優しく丁寧に作業をした。小さくとも領地を所有する武将の娘が、庶民の生業(なりわい)をすることに、月葉が館で暮らした短い日々を重ねずにはおられなかった。