もう何十年という間、(わら)い以外の笑みを忘れた悠仁采には、秋に微笑みかけることは出来ない。苦し紛れの苦笑いであったが、秋にはそれが伝わったのか、(かげ)りのない笑みを返してくれた。

 右近について隠したのは、八雲 悠仁采という名が邪魔をしたのであろう。彼自身そのことに気付いたのは言葉の出た後であったが、それは正解であったのかも知れない。

 正義──。

 信念とされてきた彼の事業は正義とならぬまま、悪として終わってしまった。終わった? いや、もう終わったのだろう。彼には再び事を起こすだけの力はない。

 あの日。葉隠の忍者に倒されたあの日──未だ時はそれほど経たず、あの日とは今日であるかも知れないが──彼の人生は悪で終わったのだ。そして善という矢は織田を射た。

 悪と決められた今、八雲の名は知られぬまま消されなくてはならない。右京の祖父の兄が悪人であってはならない。そんな想いが口を衝いて出たのかも知れない。