──月……葉……──。

 潜在意識さえも短い眠りにつき、視界が漆黒の闇へと移りゆく瞬間。彼が口にした言葉は、彼自身に知らず安らぎを与えていた。

 上へ……下へ……。時代が上下するように、身も心も浮き沈みしながら。花を咲かせたように水を紅く染めていく悠仁采は、人一人どうにか通れるほどの小さな川を降りる。沼の薄汚れた水とは違い、多少流れを含んだ透明な水泡(みなわ)は、やがて彼を森の奥へと導いていった。

 緩やかな丘陵地に根を下ろしたその森は、小川を中心に縦横に木が生い茂り、遠くを映す景色も、太陽の光さえも見せてはくれない。上空では烏が(とり)の刻を知らせ、東の紺青の空へと飛んでいったが、地上の木々の間に獣の姿は存在しなかった。

 ほどなく日没がやって来る。

 森のあらゆる物が影を作るが、それは闇といっても暗黒ではない。時間や場所に変化はあっても、人の心は変わらぬように、悠仁采の心が悪に侵されながらも、月葉への想いは変わらぬように……。