此処は町から外れたいささか傾斜の緩い山道である。松林が続き、時折岩肌が闇の中で光る。開けているとは云え、報妙側にとって悪条件であることに気付いた涼雨は、黒装束の従者達を制して前へ進み出た。

「影狼殿……此処は狭過ぎまする。少々山を下りた慣れた地で正々堂々と闘いたいものだが……おそらく、本日が最後の闘いとなるでしょうから──」

「いや……此処でやろう」

 影狼は顔をしかめた。

 同時に、涼雨も。

 月がその全身を見事な円で描き、雲の隙間から現れ始めていた。影狼の頬を覆う(きれ)が金色に濡れていく。

 涼雨はしばし考えた。

 忍びは森の中での闘いに長けているからか? それとも、此処から他へ移ることに何か差し障りがあるのか? どちらにせよ影狼の歪んだ表情には、心に焼き付くような“何か”があるのだ。

「近くに無束院(むそくいん)という町医者があるのを御存知か?」

 涼雨は脳裏に浮かんだ適当な名を上げた。

 意外なことに影狼は苦々しく眉間に皺を寄せ、軽く背後の松に寄り掛かる。

 ──無束院。

 十分も歩けば医院の屋根が見えてくるだろう。

 暎己は其処で手当てされ、休んでいるに違いない。