「ふむ……何も言えぬと見える。だが、私としてもそう長く睨めっこなどしている気はないのですよ。そろそろ決着をつけませぬか? 影狼殿……」

 涼雨の皮肉めいたその言葉に、影狼は静かに後ろへ視線を逸らせた。

 ──暎己(うつせみ)

 影狼が少しでも早くこの闘いを終わらせようとしている理由の一つは彼にある。

 白縫(しらぬい)に抱きかかえられた暎己の身体には無数の傷があり、それは紅く腫れ上がって、まるで破傷風にかかった幼子の状態であったからだ。

「……分かった」

 再び涼雨の(やいば)のような瞳を睨み、影狼は呟いた。

「分かった。だが条件がある。これからの闘いは私と涼雨殿── 一対一で行ないたいのだ。誰にも手を出させぬようにしてほしい。……それから暎己を……行かせてはくれまいか」

 涼雨は少々顔を覗かせた月を見上げ、そして思い直したように視線を戻した。

「良いでしょう……私は貴殿だけを、手に掛けられれば本望」

 妖しげな声が響いた。影狼は不安そうな白縫を(さと)し、白縫は(しこ)りを残しつつも、涼雨の麗らかな表情が消えると同時に、荒い息遣いの暎己を背負って消えていった。