「ゆう……じん……さい……さま……──」

「月葉……──」

 月葉は微笑む。あの時と同じように──あの時。そう、別れを決めた月見草の上。

 彼女は白く(すべ)らかな指先を、触れる寸前まで近付かせ、悠仁采の瞼と頬の上に遊ばせた。ややあって矢で潰された右眼が復活し、肉体も月葉と過ごした若き頃へと戻る。

「月葉は、いつまでもお待ち申し上げております。悠仁采様が悔い改め、天へと昇られますその時まで──」

「ああ」

 悠仁采の迷いのない頷きと微笑みに、確たる心を導き出した月葉は、手元に現れた月見草を彼に手渡して、再び「悠仁采様」と愛しく名を呼び、まるで水面を目指す金魚のように袖を揺らしながら、上へ上へと昇っていった。

「月葉よ──いつか」

 月見草はあの時の如く夜露に濡れて、ささやかに煌めいていた。

 悠仁采は水晶のような純白の(つぼみ)を胸元にぎゅっと握り締め、するとその奥底に横たわる空間は、穏やかな気持ちで満たされていた。

 そして深紅より暗黒へと変わりゆく、自らの行くべき場所へと、ただひたすらに堕ちていった──。



◆次回が最終話となります。最後までどうぞお付き合いを宜しくお願い申し上げます。