照明はやや暗めの落ち着いた雰囲気で、居心地のいい店だった。座敷や大きなテーブルはないので、うるさく騒いでいる客もほとんどいない。

「飲み直さない? 3人で」
「3人? ……弘樹?」

 そう聞き返すと、牧原君は嬉しそうに笑って。携帯電話を取り出して、電話をかけていた。話の内容から推測すると、今日のことは前に打ち合わせていたらしい。

「再会した日にさ、仕事終わってすぐ電話した。会わないでどーする、って」

 6年ぶりに会った弘樹は、ものすごく大人びていて。もちろん会社は違ったけどウチより大きいところで、残念ながら取引はなかったけど、牧原君と同じく、課長になっていて。

「夕菜が羨ましいよ、課長なんて荷が重すぎる」
「だよなぁ!」
「でもそれって、仕事ができるから昇格したんじゃないの?」
「さぁな。案外、そうでもないよ」
「でも木良おまえ、今度、本社に転勤だとか言ってなかったか?」
「えーすごい! やっぱり仕事出来るんだよ」

 3人で会うのは本当に何年ぶりなのに。ずっと離れていた気がまったくしなくて、いろんな話で盛り上がった。
 だから、時間が経つのも忘れてしまって。いつの間にか、終電の時間が近付いていて。

「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「おつかれさま」

 牧原君はアメリカから1人で戻って来たらしく、今は会社の近くで一人暮らしをしていた。だから、電車で帰るのは、私と弘樹。


「あー風が気持ちいい!」

 自分では大丈夫なつもりだけど、もしかしたら酔っているかもしれない。お酒に弱くはないけど、私にしては飲みすぎた気もしなくはない……。

 電車を降りてから、私と弘樹は反対方向に家がある、けど。弘樹は家まで送ってくれると言った。

「ごめんね、こんな時間なのに」
「いや、いいよ。1人で帰るほうが危ない。ほら、ぶつかるよ」

 もう少しで電柱にぶつかりそうな私の手を、弘樹は引っ張ってくれた。
 その手がすごく大きくて。温かくて。弘樹に手を引かれるのは初めてではないから、ちょっと懐かしくて。

「ありがとう……弘樹、本当に大人になったね」
「そうか? 変わってないよ、何も。高校の頃のまんまだよ」

 そのとき、弘樹の手に力が入ったのは、気のせいかな。少し悲しくなったのは、私の勝手かな。

「どうしても、忘れられない」

 やっぱり、気のせいじゃなくて。繋がれた弘樹の手の力が、だんだん強くなる。
 奈緒を思い出して辛くなったかな。それとも、何度も言われた私のこと、かな。

「なぁ夕菜、明日会えないか?」
「明日? なんで?」
「いや、単純に、会いたいから……。奈緒の墓参りにも、一緒に行きたいし」
「わかった、いいよ。私も、弘樹に見てもらいたいものがあるし……」

 楽しみにしてるね、と言いながら、弘樹の手を握り返した。
 弘樹のことは、やっぱり好きだから。
 恋人じゃない──でも、手を繋ぐくらいは構わない。

「前に手を繋いだのも、おまえを送ってくときだったよな」
「あ──そうだね。奈緒の……お葬式の日」

 あのとき弘樹の手は震えてたけど、今は大丈夫。

「明日、家まで迎えに行くから」
「え……うん、ありがとう。待ってるね」

 やがて私の家に到着して、中に入るまで弘樹は外で見守っていてくれた。

 今日は聞かれなかったけど、明日もし、付き合えないかと聞かれたら──?
 こたえは、決まっていた。