エリアーナが鍾乳洞の冷たい土の上に膝をついて、逆詠唱を続けていた。すでに3時間が経過し、エリアーナの腹から垂れていた血はすっかり赤黒く固まっていた。


「魔王様が魔王城へ来いって言ったのに行かなくていいのかな……オエッ!」

「大丈夫か弟。確かに魔王様がお呼びなのに……オエッ!」


双子のドクロは魔王様の命令に従っていない自分にオエオエしていた。自分たちが魔王城集合の原因をつくっていることを失念している間抜けっぷりである。


フェルゼンはため息をついて細長い顎をゴツゴツ鱗まみれの手で撫でた。魔王ジンの正式命令と、ツノを通した緊急伝令では重みが違う。


「カオスが復活する兆しを見て魔王様は警戒してるんだねぇ」


緊急伝令の有効範囲は「従えるものはすぐに従え」だ。絶対ではない。フェルゼンは決して敬愛する魔王様の命令に背いたりはしない。


強い魔物の封印を解いてはいけません。なんていう魔王様からの正式命令もない。ただの不文律だ。フェルゼンにはそういう細い抜け道を見つける悪知恵があった。



(先生、もう逆詠唱、終わってしまうで)



逆詠唱がもうすぐ完了してしまう。


そうなれば本当に最強の竜族カオスが復活してしまうのだ。脳みそ容量が小さいエリアーナであっても、カオスが魔国を破壊する恐怖の竜であることは知っていた。


野生型最強の竜族は言葉を理解せず、戦闘本能にのみ従う脳筋の極みだ。


だがその力は異常なのでアホにはできない。思想のないただのパワーオブパワーは、世界を簡単に混沌に陥れる。


「いいねぇ、ゾクゾクしてきたねぇ」

「「オエッ!オエッ!」」


封印解除を目の前に、フェルゼンはぶ厚い舌で舌なめずりした。だが、双子のドクロはフェルゼンの屈強な身体の後ろに隠れてカオス復活の緊張にえづいていた。


ついにエリアーナの逆詠唱が終わり、封印石にヒビが入った。