好きを教えてくれた君へ

 はっきり言った。すると母は悔しそうな表情をしたけれど、カバンを持ち直して、真っ赤なヒールを履いた。それから私の方を振り返った。

「後悔しても知らないわよ」
「…しないよ」
 
 母は扉を開けると、勢いよく閉めて出て行った。
 父は泣き出しそうなほど、情けないため息を吐いた。

「ごめんな。静江。お父さんがこんなだから」
「ううん。お腹空いちゃったから、ごはん食べよ」
 
 父はリビングへ行き、私は二階へ上がった。
 自分の部屋に入ってすぐ、扉の前で座り込んだ。

「はあ…はあ…すう…はあ…すう」
 
 水を知った魚の様に、とにかく呼吸をする。私がきっと穏やかに呼吸をすることができる場所なんて、自分の部屋だけ。自分の部屋以外の場所はまるで深海のようで、息なんてできたものではない。
 
 みんながどうやって普通にしているのかが、分からない。
 私は膝を抱えて、静かに泣いた。