この日も部員たちと、充実した時間を過ごし、あっという間に時間は過ぎて行った。部員たちを見送り、道場を出ようとする尚輝に


「あ、尚輝、これあげる。」


と彩は1つの包みを差し出した。


「えっ?」


思わず尚輝は、彩の顔を見る。実は翌日はバレンタインデ-、そのラッピングは明らかにそれっぽい。


「勘違いしないでよ。ホテルでノルマがあるから買ったのと、あんたにはいろいろ世話になったから、一応お礼の意味もある。ウチのホテルのクッキ-、結構評判がいいんだから。京香ちゃんと一緒に食べてみて。じゃ、お先に~。」


そう言って笑うと、彩は手を振って出て行った。


一方受け取った尚輝。だいぶ廃れて来たとは言え、世の中に「義理チョコ」(貰ったのはクッキ-だが)という文化があるのは確かで、深い意味はないのはわかっていたが、正直、平静ではいられなかった。


京香に指南を受けて、懸命にチョコを手作りして、彩に告って、見事に玉砕した思い出がふと甦ってきて、甘酸っぱい思いがこみ上げて来る。


(あれから10年経って、まさか彩先輩から、バレンタインにプレゼントを貰うなんてな・・・。)


なんとも不思議な気持ちになった。


下校後、このことを京香に報告すると


「クラウンプラザのクッキ-は美味しいよ。でも義理にしては、相当値が張ってるはずだから、お返し大変だよ。」


と言って笑った。


そして翌日のバレンタインデ-当日。仕事帰りで明日も仕事、遠出もお泊りも難しい2人が選んだのは、おうちデート。尚輝のアパ-トで、少し普段よりはグレ-ドアップした焼肉を。


好物の肉を、嬉しそうにパクつく尚輝を見て


「お肉はたっぷりあるから、好きなだけ食べてよ。」


京香も笑顔で言う。そして食べ終わると


「なんか私の方が義理チョコみたいになっちゃって。今年は時間がなくて、手作りも出来なかったから。」


やや申し訳なさそうな表情で差し出した包みを


「ありがとう。こうやって2人で過ごす時間があれば、別にチョコなんてそのおまけだよ。」


そう言って、尚輝は笑顔で受け取った。


「うん。」


その言葉に、嬉しそうに頷くと、京香はそっと尚輝に身を寄せた。


それからちょうどひと月後のホワイトデ-。やはり、短い時間になってしまったが、幸せな時間を過ごした2人。


(本当は今日がいいタイミングなんだけど、まさか自分の部屋でってわけにはいかないもんな。だけど、春休みに入ったら、必ず・・・。)


京香を抱き寄せながら、尚輝は密かに心を決めていた。