「ねぇ、あんたのところで、雇ってくれない?」


過日、高校弓道部の後輩である木下倫生に、こんな話を振ってみた。木下は地元で数件のコンビニを経営するオーナ-の跡継ぎで、現在はそのうちの店の1つを店長として仕切っている。


「えっ?先輩をですか・・・?」


「うん。私、レジは打ったことないけど、これでもホテリエ6年やって来て、接客には自信あるんだけど、どう?」


真顔でそう告げる彩を、やや困惑気味に見つめていた木下は


「い、いや・・・先輩を部下にするなんて、恐れ多くて、俺にはとても・・・。」


と尻込みする。


「別にキノの店じゃなくてもいいよ。あんたのお父さん、他にもお店持ってるんでしょ?」


彩は食い下がるが


「いや、俺の店以外は、ちょっと離れてるんで、通うの大変だと思いますから・・・。」


木下は申し訳なさそうに言うと、話題を変えてしまった。部活当時、主将として後輩に厳しく接した自覚はあるが、ここまで怖がられてるのかと、彩は内心苦笑いするしかなかった。


いずれは再就職をという気持ちは当然持っているが、それをこのまま地元で探すか、改めて都会に出るかを、彩は決めかねていた。地元の雰囲気は好ましかったが、地方の就職、ましてや再就職となると、その門は決して広いとは言い難かった。都会に出たところで、再就職は決して易しくはないが、それでも選り好みをしなければ、こちらよりは条件がいいのは間違いなかった。


そのことは、少し時間を掛けて考えるとして、その間バイトくらいはしないと、両親に申し訳ないと思い、木下に話を持ち掛けたところ、体よく断られてしまった。


(バイトも家事しながらって考えると、意外と選択肢ないんだよな。お母さんと同じスーパ-って言うのもちょっと・・・。)


尚輝からの誘いも、当然彩の頭の中にはある。OGとしての部活指導で、報酬を得られるとは思えないが、今の彩にとっては、かなり魅力的な時間の使い方であることは確かだった。


(でも、な・・・。)


いろいろな思い出が詰まった母校の弓道場に足を運ぶことを躊躇ってしまう理由が、今の彩にはあった。