結局、最後まで、千夏から声は上がらず、結果として、彼女は悪いことをして廊下に立たされてるような格好で、道場の一隅で、練習を見守ることになった。


後片付けが終わり、部員に解散を宣した後、ひとり居残らせた千夏に、尚輝は彼女の弓を手渡した。


「射ってみろ。」


「先生・・・。」


「今はもう、ここには俺とお前以外、誰もいない。お前が例え、どんな無様な姿を見せようと、笑う奴もため息をつく奴もいない。」


「・・・。」


「だから、心置きなく射ってみろ。」


そう言って、微笑んだ尚輝の顔を、千夏は少し眺めていたが、やがておずおずと手を伸ばし、弓を手にした。躊躇いながら、ゆっくりと的前に歩を進める千夏に


「焦るな。いくら時間が掛かってもいい。自分のペースで、自分のタイミングで射るんだ。」


優しく、言い聞かせるように尚輝は言う。その言葉に、コクンと1つ頷くと、千夏は的前に立った。


的を見つめたまま、じっと動かない千夏。しかし、その後ろで尚輝はただ、彼女の後ろ姿を見守るだけだ。1分・・・そしてまた1分・・・しかし千夏は構えようとはせず、尚輝もまた一言の言葉も発しない。


「出来ません・・・。」


やがて、千夏がそう言うと、がっくりと項垂れる。その仕種に、一瞬息を呑んだ尚輝だが、すぐに彼女に近付いた。


「何を怖がってる?誰もいないじゃないか?」


その尚輝の言葉を遮るように


「いるじゃない!」


千夏がそう叫ぶ。


「葉山・・・。」


「一番見られたくない人が・・・すぐ側で見てるじゃない!」


「・・・。」


「先生の意地悪!先生はなんにもわかってないよ!」


潤んだ目で、そう言って、尚輝を睨むと、千夏は道場を飛び出して行く。そんな千夏を、呆気にとられたまま、尚輝は呼び止めも、追い掛けも出来ずに立ち尽くしていると、少しして、道場の扉が開き


「二階先生!」


と慌てたように京香が入って来た。


「私、ちょうど部活終わって、職員室に戻ろうとしたら、葉山さんが泣きながら、走って行ったから、呼び止めたんだけど、彼女、振り向きもしなかったよ。一体、何があったの?」


「いや・・・俺もさっぱり訳がわからん・・・。」


戸惑いを隠せないまま、尚輝はそう答えるしかなかった。