男女各2名が参加する個人戦。しかし決して口には出さないが、千夏以外の3名は予選を通れば御の字だと尚輝も思っている。


「自分たちの力を出すことだけを考えて、行って来い。」


まずは男子の試合が終わり、女子の部へ。かつて、尚輝自身が彩や先輩、指導者たちから何度も掛けられた言葉を送り、その言葉に2人の選手は力強く頷いた。


校名と名前が読み上げられ、まず千夏が的前に立つ。有力選手の登場に、会場の雰囲気も変わるのが感じられる。


(葉山、落ち着いて行け。)


千夏なら心配ないと思いながらも、尚輝は心の中でそう呼び掛ける。


第一矢の所作に入った千夏。その動きはいつもより、やや硬いかなとは思わせたが、落ち着いているように見えた。が、彼女が射った第一矢は・・・・大きく的を外れた。


(えっ?)


千夏とて百発百中ではないのは当たり前。それにしても、まるで初心者のようにあんな見当違いの方向に外す千夏ではない。


(葉山・・・。)


驚いて、彼女を見つめる尚輝を、千夏が一瞬振り仰ぐ。その表情が目に入った瞬間、尚輝は息を呑んだ。そこには不安に怯え、自分に助けを求めるような、か弱い女子高生の姿があった。


(葉山、どうした?しっかりしろ!)


思ってもみなかった事態に驚きながら、しかし今の尚輝には、心の中で千夏を叱咤することしか出来ない。


そして第二矢、しかし無情にも、その矢はまたしても的を大きく外れて行く。


「タイム」・・・、出来るなら尚輝はそう言って、今すぐ千夏のもとに駆け寄りたい心境だった。だが、弓道にはそんなルールはなく、時は待ってくれない。


結局、県代表の有力候補の一角に数えられていたはずの葉山千夏の成績は八射の内わずか二中。代表どころか、予選を通過することすら出来ずに終わった。


ため息に包まれる試合会場から、目に涙をいっぱいに溜めて出て来た千夏を出迎えた尚輝は


「葉山、お疲れさん。」


と声を掛けたが


「先生、すみませんでした。」


自分の方を見ずに、千夏はそう言って頭を下げると、そのまま更衣室に駆け込んで行った。そこに入られてしまえば、もう尚輝にはどうしようもない。


「おい、葉山の様子、見て来てくれ。」


尚輝は傍らの女子生徒に、そう指示するしかなかった。