恋花ロマンチカ


肩を揺らして壁に手を付いていれば、ポケットが震えた。

スマホの画面には片桐先輩の文字が浮かんでいた。あれから一度も鳴ることはなかった電話だった。

短く深呼吸をして簡単に息を整えそれをスライドさせると

『来いって言ったじゃん』

すぐに、声が聞こえた。

「あの、……っその」

『教室戻ったの?』

「え、と。教室、までは、まだ」

『…………来ないの?』

似合わない、見合わない。

人がいない場所だったから今まで普通に会えていたけれど、あんな場所だったら嫌でも思い知る。

むり、むり、あんなところいけない、座れない。
みんな見てた、あんなところで息ができない。

「あ、いた」

電話越しと生身の声が重なって聞こえた。

驚いて振り向けば、片桐先輩がいた。彼はスマホを操作して再び耳に当てると「俺別館いくわ、じゃあね」気怠い声を出す。高い位置にある瞳があたしに落ちる。

「香澄ちゃんと先に非常階段行ってて。俺パン買ってくる」

「え、学食は?」

「今度でいいや」

「……ごはん、食べたんじゃないの?」

「食べてねぇよ」

「……なんで?」

「ひなのことだから、ビビって来れないんじゃねぇのって思って」


ば、バレてる……。

鮮やかに見透かされて下唇を噛んでいれば、突然、鼻を摘まれるから。目をぱちくりとさせ、後ずさりをする。


「だ、から、触んないでって」

「その調子。じゃあ後でね」


…………学食、食べなかったんだ。

ひらひらと手を翻すその後ろ姿を、鼻を摘んで見送った。