恋花ロマンチカ

その人の鼻先が微かに首筋に触れるから、情けない身体は勝手にびくりと身動ぎする。


「ひなって、いいにおいする」


耳元で聞かされたのは、先程までとはまるで別物の、甘い、声色だった。


「……ちょっ、ま、待って」

「女の子の待ってってやつ、俺好きなんだよね」

「い、意味がわからない、です、ほんと、近い」

「ずっと思ってたんだけど」


さら、と、片桐先輩の指先があたしの髪の毛を掬って、横に流す。遮るものがなくて、開けた視界。太陽は校舎で隠れているって言うのに、眩しすぎる青空。


「ひな、前髪切ったら垢抜けんじゃね?」


至近距離に現れる片桐先輩。色気のある首筋、くっきりした喉仏。ルーズにセットされた黒髪の輪郭が、紫色に輝いている。

嫌でもあの日のゼロ距離がフラッシュバックするから、それを消すように、目を瞑って首を振る。


「き、切りたくないです」

「なんで?」

「前髪切ったら、見られる」

「なにを?」


真っ暗になった視界で片桐先輩の声だけがやたらと耳に響くと、あの頃、あたしに向けられていた視線が浮かび上がる。

……なんで。

「……瞳の、いろ」

なんで言えたんだろ。

「瞳?別に見せて良くね?」

「き、気味悪いって、言われてた、から」

だれにも話したこと、ないのに。

片桐先輩の返事がふわふわと軽いからかな、それとも心地いい声のせいかな、

どっちにしろ、今日のこの展開がイレギュラーなことばかりで、思考が追いつかない。