せめて、空のところにだけでも、お母さんが帰ってきてくれたらいいのに。そうして、泣いている空のことを抱きしめてくれたら。

 お母さんから聞かされた人魚とさくら貝の話を覚えていた海くんは、おとぎ話にもすがる思いで、さくら貝を探してた。

 そのことを知っていたのは、たぶん小学生のときのわたしだけ。

 小学5年生の夏。ママの病気を心配して泣いていたわたしに、海くんがこっそり教えてくれたことだ。

 だから空は、海くんがずっとどんな気持ちでいたのか知らない。海くんは空に伝えなかったし。そのことを唯一知っていたわたしも、記憶を失くしてしまっていたから。

「海くん、手貸して」

 わたしは海くんの手をとると、そこに空からもらったさくら貝を握らせた。とまどったように手のひらを見つめる海くんに、わたしはにこっと笑いかける。

「海くんと空に仲直りしてほしい。空も、ほんとうはそうしたいって思ってるはずだよ」

 それが、わたしが海くんに伝えたかった気持ち。今のわたしの願いごと。