「呪いの件を隠していて……本当に申し訳ございませんでした……」

 人間に戻り、服を身につけたレヴィアは、セイリスに全てを語った。

 十歳の時に呪いが現れたこと、この呪いを子孫に伝えたくなくて、子どもを望まなかったことを。

 全てを語り終え、レヴィアは深々と頭を下げながら再度謝罪した。
 彼からの返答はない。

(怒っていらっしゃるのかしら……)

 まあ隠していたのはお互い様ではあるが、やはり気持ちの良いものではないだろう。もしこれでセイリスの怒りを買い、離縁となっても、レヴィアは受け入れる気でいた。

(とても……辛いけれど……)

 ここでの生活はとても快適だった。
 だがそれ以上にセイリスと過ごす時間が、触れ合いが、かけがえのないものになっていたことに気付く。

 しかし彼がレヴィアに対して抱いたように、嫌悪感や怒りを抱いたセイリスをレヴィアも見たくはない。

 きっと辛くて堪らない日々になるだろう。
 想像しただけで、胃の辺りがキュッと縮こまる。

 そのとき、

「一つ確認したいのだが……」
「ひゃ、い! な、何でしょう?」

 黙っていたセイリスから質問を投げかけられ、レヴィアは少し前のめりになって訊ね返した。焦りが、声の裏返りとなって表れる。

「あなたが嫁いできた後、何度か私の執務室に黒猫がやってきたのだ。グラソンはあなたの飼い猫だと言っていたのだが、もしかして……」
「は、はい……あなた様が会った黒猫は、わたし、です。猫になった私が屋敷の方に見つかった場合、追い出されないように、飼い猫がいると嘘をついたのです……」

 消え入りそうな声で、レヴィアは肯定した。
 セイリスからの返答はない。

(間違いなく怒っていらっしゃるわ……)

 猫に姿を変え、密偵のようなことをしていたのだ。
 夫婦とはいえ、守るべき部分は守らなければならないというのに。

 いつ彼から離縁を告げられるかと身を強張らせるレヴィアの耳に、蚊の鳴くような夫の声が届く。

「もしかして私が体調を崩したとき……隣にいたのは、あなたか?」
「? あ、はい。あの黒猫も、私で――」
「違う……猫……の方、じゃない」

 右手で口元を隠すセイリスの肩が、僅かに震えている。ちらっとレヴィアを一瞥したが、何かに耐えきれなくなったのか、組んだ両手を額に当てながら俯いた。

「私に、これは夢だと言った……人間の姿のあなた、だ……」
「‼ あ、あれは、夢‼ 夢ですっ‼ 私が、ぜ、ぜぜ、全裸であなたのベッドにいるなんて、夢としか――」
「私は、夢のあなたが全裸だったとは、一言も言っていないのだが……」
「あっ……」

 当人しか知り得ない情報を暴露してしまい、レヴィアは固まってしまった。
 何とか絞り出した言葉を絞り出す。

「あ、あの……今からでも夢ってことに……しては頂くことは……」
「無理だ」
「ですよねぇ……」

 きっぱり言い切られ、レヴィアは終わったとばかりにテーブルに突っ伏した。頭の中で、痴女という単語がグルグル回る。

 恥ずかしすぎて、相手の顔を直視することができない。

 そんなレヴィアに追い打ちを掛けるように、セイリスが謝罪する。

「すまなかった。あなたに、あんなことを……」

 あんなこと、という言葉に、ベットの中で抱きしめられ、痕まで残されたことを思い出してしまう。恥ずかしさを振り落とすように、レヴィアは大きく首を横に振った。

「い、いえ……私が悪いのです。不覚にも眠ってしまい、人間に戻ってしまった私が……」
「あなたが謝ることじゃない。私が……私の意思が弱かったせいだ。夢だと思って、気持ちが緩んでしまったから……」

 彼の言葉を聞き、レヴィアはゆっくりと身を起こした。まだこちらに視線を向けられずにいる夫に思い切って尋ねる。
 
 知りたかった。
 理性に押し止められた向こうにあるものを。

「……セイリス様はあのとき、私が側にいることを望まれていたのですか?」

 僅かに息を飲む音がした。
 そして、

「ああ、そうだ。私が眠るまで、隣で手を握っていて欲しかった。だが言えなかった。あなたにとって私との結婚は、利害が一致したからに過ぎない。求めるには、度が過ぎる願望だと思ったから」

 セイリスらしい考えだと思うと同時に、呆れてしまう。

「なら次、同じようなことがあれば、ちゃんと言ってくださいね。今度はちゃんと、あなたのおそばにいますから」
「……今度?」
「ええ、今度です」

 フッと肩の力を抜くと、レヴィアは微笑んだ。そしてセイリスに向かって手を伸ばすと、彼に右手の甲の上に自身の手を置いた。

 触れあう温もりが、相手を思う愛おしさへと変わる。

「私から離縁はいたしません。あなた様にお許し頂けるのなら、これからもセイリス・アイルバルトの妻でいたいのです」

 不器用で、
 猫が大好きで、
 レヴィアのために身を引こうとする、

 優しい――優しすぎる彼の妻で。