グリスタ卿が放った刺客たちは、一人残らず捕らえられた。
 どうやら竜の咆哮を聞き、やって来た護衛騎士たちが、逃げていた男達を捕まえたらしい。男達は半分錯乱しており捕らえるのは簡単だったと、後ほど聞いた。

 全ての取り調べが終わり次第、グリスタ卿を追い詰めるらしい。

「旦那様は、ああいう輩には容赦ない方ですからね。もうこれで、グリスタ卿の名を人々が口にすることはないでしょう。ですから奥様はご心配なさらず」

 笑って話すグラソンの表情の方が怖いと思ったのは、秘密だ。

 襲撃事件から数日後の夜、レヴィアはセイリスに呼び出された。
 時間はもう夜中。普段なら眠っている時間だ。

 初めて二人でお茶を飲んだテラスで、セイリスは待っていた。辺りは闇に包まれていたが、テーブルの上に置いてあるランタンと満月が、周囲に光を投げかけていた。

「お待たせいたしました」
「こんな夜更けに、すまない」
「いえ……」

 立ち上がって迎えるセイリスに軽く会釈をすると、勧められるまま席についた。
 目の前の夫は、いつもと同じ氷壁だった。

 レヴィアは恐怖を感じていた。

 それは、初めて彼と出会ったときに感じた恐怖ではない。
 これから彼が話す内容に、嫌な予感がしていたからだ。

 セイリスが重々しく口を開いた。

「……レヴィア、全てを話そう。あなたは、人間が動物に変身してしまう呪いについて、知っているか?」
「存じております」
「なら、話は早い。私は――竜の呪いを持っている。先日の襲撃事件の際、あなたの目の前に現れた金色の竜は私だ」
「……はい」
「呪いを知った両親や周囲は私を恐れた。あなたが両親と私の間に感じた恐れは、これが原因だ。呪いは、今まで与えられていた両親からの愛を奪い、私を孤独にした」
「そう、なのですね……」
「この呪いは厄介で、血を残せば子孫の誰か一人に受け継がれてしまう。私は同じ思いを子孫にさせたくない。だから自身の子は諦め、養子を迎えようと思ったのだ」
「その結果、子を望まないと結婚の条件に挙げていた私に、白羽の矢が立ったのですね?」
 
 淡々と答えるレヴィア。だが言葉を発する度に、口の中が乾いていく。

 セイリスは首を横に振った。

「それは口実に過ぎない。私は恩を返したかったのだ。昔、あなたに救って貰った恩を」
「え? 恩……ですか? 私は何も――」

 むしろ、救って貰ったのはレヴィアの方だというのに。
 赤い瞳が、遠くを映した。

「八年前、瀕死だった私をあなたが救ってくれたのだ」
「八年前? 瀕死? 何かの間違いでは……」
「あなたが覚えていないのも無理ないだろう。あの時の私の姿は、小さな白い竜だったのだから」
「……しろい、りゅう……?」

 口にした瞬間、レヴィアはハッと目を見開いた。

「も、もしかして、あの白いトカゲですか⁉」
「まあ、あれをトカゲと見間違えても仕方ない。あれは竜の幼体だからな。ああ、そうだ。あなたが止めてくれなければ、今頃私はあなたの弟たちの腹の中だった」

 もちろん、セイリスは冗談を言ったつもりだろうが、あのときの弟たちは結構本気だったので、笑うに笑えなかった。

 まあ結果的に食べられなかったのでよしとしよう。

 問題は、

「ま、まさか……あのトカ――い、いえ、白く小さな竜があなた様だったなんて……で、でも、どうしてあんなところに? それに酷く弱った状態で……」

 白いトカゲがセイリスだったことにも驚きなのだが、発見時の彼が瀕死だった理由の方が気になった。

 セイリスはふうっと息を吐き出すと、レヴィアから視線を逸らした。しばらくの間の後、彼の口がゆっくり開いた。

「私に呪いがあることが分かってから、生活が一変した。周囲に居た者たちが離れていき、私は孤独になったのだ。今までの当たり前が奪われ、まだ精神的に幼かった私は、耐えられなかった」

 竜の呪いが現れてから数年後、とうとう耐えきれなくなったセイリスは、竜となって空を飛び、アイルバルト領から逃げ出したのだという。

 しかし、竜の姿は酷く体力を消耗することを、このときの彼は知らず、気付いた時には、もう飛ぶ力を失って落下していた。

 何とか命は取り留めたが、傷と体力消耗によって動くこともできず、人間の姿よりも負担の少ない竜の幼体になって倒れていたのだという。

「それを……私が見つけて保護した、ということですか」
「そうだ」

 セイリスが頷いたが、一つ疑問が残った。

 彼は、日常が呪いに奪われたことに耐えられず、逃げ出したのだ。何故、アイルバルト家を継いだのだろう。

 レヴィアに保護され、自然に帰された後、家に戻らないという選択肢もあったはずだ。

「不思議そうだな。何故私がアイルバルト家に戻ったかが」

 心の内を言い当てられ、レヴィアはドキッとした。しかし、気づかれてしまったのなら仕方ないと、小さく頷いて肯定した。

「あなたに保護されてから、私はあなたたち家族の暮らしを少しだけ覗かせて貰っていた。慎ましい暮らしの中でも、あなたたち家族は仲睦まじく、羨ましい限りだった。その中で、特に私の目を惹きつけたのは――」

 セイリスの赤い視線が、レヴィアに向けられる。

「小さいながらも家族を率いるあなたの姿だった」