馬に乗ったレヴィアは、森の中を無言で進んでいた。視線を前に向けると、別の馬にのったセイリスがいる。
 もちろん表情は、いつものように何を考えているか分からない。

 ベッドの中で抱きしめられた事件から一ヶ月が経っていたが、レヴィアはあの一件からセイリスとまともに目を合わせられなくなっていた。

 彼の顔を見るとあの時のことを思い出し、恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。

 そんな自分の変化や戸惑いを見られたくなくて、ついつい避けてしまっていた。

 休憩のお茶は変わらず入れに行ってはいるが、こちらもすぐに退室しているため、以前のように一緒にお茶をすることもない。

 猫になってセイリスの様子を見に行くことも、今は控えている。また同じようなことがあれば、今度こそ自分の正体がばれてしまう恐れがあったからだ。

 どうすれば以前と同じような態度で接することができるかと、悩む日が続いた。

 ニーナもレヴィアの変化を感じ取ったのだろう。
 何かにうじうじ悩んでいる主をみかね、

「レヴィア様。領地内に素晴らしい景色が堪能できる場所があるそうです! よろしければ気晴らしに出かけませんか?」

と誘ってくれたのだ。

 ニーナの誘いを嬉々として了承したレヴィアだったが、案内された馬車の中にセイリスの姿を見た瞬間、

(嵌められた‼)

と悟る。

 主たちを見送ったニーナとグラソンの表情が、どこかニヤついていたので、恐らく二人の作戦だったのだろう。

 そして馬車では目的地に入れないとのことで、途中で馬に乗り換えさせられたのはいいのだが、何故かセイリスと二人っきりなった状態で今に至る。

(これは完全に狙っているわね、ニーナ……)

 恐らく、突然レヴィアがセイリスに悩んでいることを察し、グラソンに相談した結果、無理矢理二人っきりにすることで、問題解決を図ろうとしたのだろう。

 荒療治にもほどがある。

 脳裏に、親指を立て、てへっと舌を出すニーナの顔が思い浮かんだ。レヴィアのことを思った行動だとは分かっているのだが、一言何か言ってやらなければ気が収まらない。

(き、気まずいわ……)

 鳥の声と木々のざわめきが響くだけで、二人に会話はない。ずっと避けていた相手と突然二人っきりにされ、焦りだけが心に積もっていく。

 気まずい沈黙が続く中、突然森を抜け視界が広がった。

 一面、色とりどりの花が咲き乱れている。気まずさや悩みを忘れ、レヴィアは思わず感嘆の声をあげた。

「すごく綺麗……こんな場所があったなんて」

 森の存在は知っていた。しかしこんな素敵な場所があることは知らなかった。カラフルな景色に見とれるレヴィアの横に、セイリスがやって来た。

「ここは道も細くてわかりにくいから、あまり知られていない。森の中にあるから、外からも見えないしな」
「そうなのですね、本当に素敵……」

 そんな場所までわざわざ連れてきてくれたセイリスに、感謝の気持ちが湧き上がる。気付けば恥ずかしさを忘れ、以前のように彼に微笑みかけていた。

「こんな素敵な場所に連れてきてくださり、ありがとうございます、セイリス様」
「そうか」

 笑みを浮かべて礼を述べるレヴィアから視線を外しながら、セイリスが端的に答える。久しぶりに聞く【そうか】の相づちに、レヴィアは笑いそうになるのを必死で堪えた。

 馬から下りると、レヴィアは地面に敷物を敷き、簡易的に用意されたお茶の準備を始めた。

 後から護衛や使用人たちが来ると思ったが、馬に乗ったときにバスケットを渡されたので、二人っきりで過ごせということなのだな、と思っていたのだ。

 いつもは世話されてばかりなので、こうして誰かのために準備をするのが楽しい。ニコニコしながら用意するレヴィアに、セイリスが声を掛けてきた。

「何だか、楽しそうだな」
「こうして良く弟妹たちと、ピクニックに来たことを思い出しまして」
「そうなのか」
「だからといって、実家に帰れなんてもう仰らないでくださいね?」

 弟妹の話をすると、またセイリスが気にするかもしれないと思い、冗談交じりに先手を打ったつもりだったが、

「分かっている。あの時はすまなかった」
「そ、そんな! じょ、冗談ですよ! だから謝らないでください!」

とレヴィアが焦ることになってしまった。

 表情が変わらない分、冗談を冗談として受け取ってくれているのかが分からない。

「セイリス様は、このような場所で食べることは、不快ではありませんか?」

 自分は問題無いが、きらびやかな社交界にいる彼が、こんな地べたに座らされていることに嫌悪感を抱いていないかが気になった。

 しかし、

「全く気にならない。そもそもここには昔から一人で来ていたからな。馴染みのある場所だ」
「お一人で?」
「ああ」

 一人とは、たった一人ということだろうか。
 昔とは、どのくらい昔のことだろうか。

 疑問に思ったが何となく深掘りしないほうが良いと思い、それ以上話を広げることはしなかった。
 
 しばらく無言でお茶を飲んだり、軽食を口にしていた二人だったが、落ち着いたころ、セイリスが口を開いた。

「何か、困っていることはないか?」