レヴィアはハッと目を覚ました。
 どうやら一緒になって眠っていたらしい。

(私ったら、もうっ!)

 幸いにも外はまだ夜中。
 さっさと自分の寝室に戻ろうと急いでベッドから飛び降りようとしたとき、視界に違和感を抱く。

 いや違和感というか、馴染みのある高さだというか……
 それに何だか体が肌寒い。

(っっっ‼︎)

 何も身につけていない自分の体――人間の体が視界に映った。

 間違いない。
 寝ている間に人間に戻ってしまったのだ。

 部屋に明かりがあれば、眠っているなど意識がなくても、戻ることがあるのだ。
 
 一瞬にしてレヴィアの頭の中がパニックになった。

 それもそうだろう。
 相手は夫とはいえ、異性のベッドに全裸で横たわっていたわけなのだから。

 あたふたとしながらベッドから降りようとした時、

「んっ……」

 セイリスが身じろぎしたかと思うと、赤い瞳がうっすらと開いたのだ。焦点の定まらない瞳が、全裸の女を映す。

「レヴィ、ア……はだか?」
「これは夢です、セイリス様」

 キッパリと言い切るレヴィア。
 まだ相手が寝ぼけている様子だったため、夢だと押し切ろうとしたのだ。

 無茶すぎる作戦だと思われたが、

「そうか、夢か……」

 意外にもセイリスは納得して、目を閉じた。まだ薬が効いていて、ボーっとしていたおかげかもしれない。

 ホッと胸を撫で下ろすと、今度こそベッドから出ようと動いた。
 しかし次の瞬間、

「夢なら……いいか」

 掠れた呟きと同時に伸びてきた腕に囚われ、ベッドの中に引きづり込まれてしまったのだ。

 レヴィアの背中に、セイリスの体がぴったりとくっついた。互いの体温が、伝わってくる。

 後ろから抱きしめながらセイリスがレヴィアの首元に顔を埋めている。
 耳のすぐそばで、大きく息を吸い込み、吐き出す音がした。

「良い匂いがする……猫と、同じ……」

 同一人物なのだから、同じに決まっている。
 さらに身体が密着し、吐き出された熱い息が耳朶をなぞる。

「あなたに救われたときから、ずっと見ていた……」
(私に、救われた……?)

 恥ずかしさで真っ白になった頭の隅で、理性が少し動いた。しかし、首筋を這う唇の柔らかさが、全てを白く覆い隠してしまう。

「あなたが、ずっと欲しかった、だから側に……私の、そば、に――」

 乞うように求める囁きが、耳の奥から全身に回る。
 大きな手が腹部を撫で、ズクリとした感覚が体の奥に走る。

(どうしよう……ど、どうしたら……)

 一応覚悟して嫁いできてはいるが、今だとは聞いてない。

 この先を想像し、身を固くする。
 知らず知らずのうちに息が止まり、双眸を強く閉じる。

 しかしいつまで経っても、夫の動きはない。
 代わりに、スーッという穏やかで規則的な音が聞こえた。

 恐る恐る顔を後ろに向けると、瞳を閉じ、寝息を立てているセイリスの姿があった。
 どうやら寝ぼけていたらしい。

 それを認めた瞬間、どっと疲れが押し寄せた。今まで緊張していた筋肉を解きほぐすように、大きく息を吐き出す。

 レヴィアは今度こそ起こさないように、そっとベッドから出た。

(もうっ! あんなことをしていながら、呑気に寝てるなんて……)

 一人で焦っていた自分が恥ずかしくて堪らない。
 しかし、最後に見た時よりも穏やかな表情で眠っている夫を見て、羞恥が安堵へと変わる。

 彼の額にそっと手を触れた。
 熱は下がっているようだ。

(あんなことをしたのも、私に側にいて欲しい気持ちが強かったから?)

 密着した体の熱、囁き声を思い出し、顔が勝手に熱くなってきた。
 これ以上考えるなと、理性が警告を発してくる。

 レヴィアは部屋の明かりを消した。部屋が闇に包まれ、体が猫に変身する。

 夜中の世話のために明かりを灯していたのだろうが、仕方ない。窓を開けて出れば、部屋に入って来た風で消えたと思ってくれるだろう。

 猫の姿でもう一度ベッドの上に登ると、横向きで寝ているセイリスのおでこにそっと自身の鼻先を擦り寄せた。

(セイリス様、早く良くなってくださいね)

 素直になれない夫の寝顔にそう心の中で告げると、レヴィアは軽やかな身のこなしで外に出て行った。

 そして朝になり、身支度を手伝うニーナの、

「あれ? レヴィア様。首筋に赤い跡がありますけど、虫に刺されましたか?」

という言葉によって、再びパニックに陥ることになる。