「私、本当に、心から先生を尊敬しています。だからこそはっきり申し上げます。先生、このお話、なかったことにしていただきたいのです」

「…………」

「先生がオフィスにいらっしゃって、私は下心なく先生に惹かれました。医学部を出て、その後に司法試験に合格為さったというのに、実力を鼻にかけることもなく、堅実で謙虚で礼儀正しい。本当に惹かれたのです。それを父が察したんです。なにも言わないのに紹介するという行動に出てくれたことは、とても嬉しくて父に感謝しました。ですが、先生は私を気に入ってくださる雰囲気がありません。時間が経つほどに悩むようになりました。先生には好きな方がいらっしゃるんじゃないだろうか、と。近頃、とみにそう思います」

「…………」

「父には私から伝えます。私が気に入らないから断りたいと。先生の進退に影響を及ぼすようなことは絶対にいたしませんので」
「知佳さん」

 知佳が寂しそうに微笑んだ。

「わがままを言ってすみません。でも、女にはわかるんです。先生の心に私がいないことくらい、すぐに。それはつらいことです。半年経ってこの状態です。おそらく結婚しても変わらないでしょう。それにわかってほしいんです。私は愛に関係なく、ただエリートの妻になって優越感に浸ろうと思うような志の低い女じゃないって。どんな方でもいいんです。純粋に、ただ私を愛してくれる人と結婚したいんです。私が愛す以上に相手から愛されたい。先生は……期待しましたが、無理なようです」

 拓斗はなにか返そうと思ったが、言葉が見つからなかった。何度試みてもなにも思い浮かばない。そんな拓斗に知佳が微笑みかける。

「すみません。無理しなくていいですわ、先生。先生が好きだからこそ、別れたいんです。これは私のわがままです」

 拓斗は首を振った。誤魔化しても無駄だと思った。

「そんなことはありません。ただ、おっしゃるように、僕はまだ知佳さんに特別な想いを抱けていないことは事実です。でもそれは知佳さんの責任ではないと断言できます。僕は……白状しますが、今まで女性と交際らしい交際をしてこなかったのです。だからどう接していいのかよくわからない」

「勉強が忙しくて?」

「そうです。医学を勉強しながら法律も勉強する、もう必死でした。寝食を惜しんで勉強しました。だから女性への接し方がよくわからないのです。ただ……最近、そんな僕の心を揺さぶる出来事がありました」

 拓斗は今の言葉に知佳の目が光ったような気がした。