静寂に包まれる中、新は僅かに上体を傾け鞠の唇に接近しようとした。

 だけど潤んだ瞳を向けたまま、鞠は首を弱々しく横に振る。 



「……俺のこと、嫌いになった?」



 いつもの優しい声が不安げに震えているのを耳にして、鞠は再び首を横に振る。



「じゃあ、キスする」



 続く新の問いかけにも、少し間を置いて同じ動作を示した。

 それが新の中で、決定的な告白に対する返事となった。



「つまり俺は……鞠の“好きな人”ではないってことか」
「っ……」
「……わかった」



 鞠のファーストキスは“好きな人”に限定されることを、新は初めから知っていたから。
 肩を掴んでいた新の手が、するりと力なく解けていく。

 そして、互いの表情を確認できないまま、新だけが講義室を静かに出ていった。


 まるで新の心の扉を表しているように、引き戸がピシャンと閉じられた。

 でも、先に心の扉を閉めたのは自分であることも重々承知していた鞠。
 だから、今キスを拒んだ時点でもう、新のことは――。



「……違う……」



 本当は、手切れキスの噂を知った今も新への想いを忘れるなんてできなくて。
 なるべく避けようとしていても、それを意識している事自体が新のことを考えている証拠。



「好きだよ……本当は……」



 だけど、こんな不安定な気持ちのまま、キスを受け入れることもできない。

 新がいなくなった空間の中で一人、思考がぐちゃぐちゃになっていた鞠は。
 その場に座り込み、両手で泣き出しそうになる顔を覆った。