夏休みに入る少し前に夏祭りがある。この界隈の中学生は大抵は参加する。だから、誰にも見られない場所を必死に調べ、リストアップして手紙で提案した。地元人の中でも知る人ぞ知る隠れスポットだ。海沿いにある小さな公園はほとんど人がいない。
 なんでこんなに、緊張しているんだろう。なんでこんなに気合が入っているのだろう。私は浴衣を着て、下駄を履き何度も崩れていないかあらゆる角度から鏡をチェックする。かんざしは曲がっていないか。髪の毛はぼさぼさになっていないか。唇には赤い色のリップクリームを塗る。
 こちらの気合とは裏腹に、百戦錬磨がやってきた。時間通りだ。とは言っても、私が30分も前からずっと待っていたことは絶対に言えない。どんだけ気合入れてるんだよと呆れられ、ドン引きされてしまいそうな気がする。

 彼はいつも通りのTシャツに黒いパンツスタイルで、相変わらず足が細くて長い。髪の毛は特に整えた様子もなく、私服姿。いつも通りに前髪が目にかかりそうでかからないような長さだった。祭り要素はゼロだ。改めて見るとやはりかっこいい。私服姿もとてもいい。

「おっす」
 やっぱりがっかりしてるよね。スマホがないから、連絡できなかったという口実で夏希の代わりに来たという言い訳を何度も練習した。

「ごめーん。夏希、急に来れなくなったらしくて、錬磨君はスマホないから連絡できないでしょ。代わりに暇な私が伝言に来たんだ」
 うまく言えただろうか。わざとらしくなかったよね。でも、この気合の入った浴衣は不自然だったかな。今更後悔する。

「伝言の割に、浴衣まで着て、存分に祭りを満喫する様子だな」
 相変わらずテンションが低いツッコミだ。私の浴衣姿を見ても、表情一つ変わらない。とりあえず、自然に振舞おう。
 でも、嫌がっている様子はない。私と一緒に花火を見ること自体に抵抗があるわけではなさそうだ。

「どうせなら、楽しまなきゃね。夏希じゃなくてがっかりした?」
「べつに」

 相変わらずテンションは低いが鋭いツッコミだ。

「ごめんね。夏希、忙しいみたいで……」
「同級生の誰かと楽しい思い出ができればいい」
「誰でもいいんだ……」

 その言葉が妙に引っかかった。つまり、隣にいるのは私でなくともかまわない。その現実が突きつけられる。急に寂しいと悔しいと切ないという感情が混同する。害にはならない、でも、有益だとは思われていない。

 もっと簡単に言うと、特別な人だとは思われていない。さらに言えば、好きという対象ではないということだ。こんなに色々してあげているのは私だ。

 花火が打ちあがる。音は打ち上げ場所に近いので、大きく、声は大きくなければ相手に聞こえないくらいだ。目の前に大輪の花が何個も咲き誇る。色とりどりの花火は多くの人々を楽しませた後、一瞬で消失する。


「花火って一瞬だけ楽しませて、一瞬で散る。ささやかな楽しみを与えるだけの存在。しいていえば、花火は生活になくても困らないでしょ」

 百戦錬磨の視線はずっと花火に釘付けで、私の方を見ようともしていなかった。彼の視線の先にあるものは――美しい花火で、つまり夏希だ。私のことなんて眼中にない。寂しさはまるで線香花火のようだ。一瞬だけ嬉しいけれど、一瞬で消える。まるではじめから何もなかったかのように――。彼と今日、この時間、この夏を過ごせることを幸せに思おう。彼が声をかけてくれた縁に感謝しよう。これは、友達のおかげだ。大して仲のいい友達もいない、学校での活躍ポイントがゼロの私。成績は下の上だろうか。親は失業して求職中。つまり、家族としての労働ポイントが減少している。結果的に今年度はかなりポイントは低いであろう。

「もし、私たちが勉強をすごーく頑張って、進学校に入ったりしたら、学生ポイントって上がるのかな?」

「まぁ、俺は進学しないけど、今、校内1位をとれば成績ポイントは高いだろうな」

「私、家族の労働ポイントも学校活躍ポイントもない状態なの。今から急に受賞するような功績を残せないし、何かするならば、成績を上げるしかないのかな。もし、錬磨君が成績が1位になったら、奨学金がでるんじゃない? 1位じゃなくても、上位5位以内だと加点はあるよね」

「そんな噂は聞いたことがある。でも、結構うちの中学校はレベルが高いぞ」

「勉強を頑張ることで、自分のためになるなら一緒に勉強しない? お金さえあれば、進学できるでしょ?」

「でも、俺の頭じゃ無理だと思うけどな」

 大きな音が鳴り、空を見上げる。真っ赤な花火が円を描く。まるで炎が取り巻く渦だ。音は騒々しいが夏を感じる。この場所は喧騒から離れた場所だ。ただ、静かに夏風を感じる。時折吹く優しい風は夏の匂いを運ぶ。虫の鳴き声も聞こえる。夏が始まるような気がする音だ。この季節が大好きだ。大好きな季節に大好きな人と一緒にいる時間は幸せ以外の何者でもない。はじめて、本気で好きになった人。人間ポイントは低いけど、人間的にすごく魅力的な人。花火に夢中になる彼の顔を見上げる。視線に気づかないらしく、百戦錬磨の視線は花火に釘付けだ。どうせならば、私の浴衣に視線を向けてほしいと願ってしまう。

「あんたは変わっているな。俺のような人間と一緒に時間を共有しても無駄と思っていないみたいだ」
「無駄な時間なんて基本ないと思っているしね」
「俺は、見た目や評判がすこぶる悪い。そんな男と一緒にいてあんたは楽しいのか? メリットはないんじゃないか」
「錬磨君って意外といい奴だって思うし」
 腕組みしてため息をつく錬磨は相変わらず目つきは悪い。

「小学校の時は友達がいたんだよ。仲間がいて、みんなでケンカしてたんだ。でも、色々な理由で俺から遠ざかっていったんだ」

「色々な理由って?」

「家が金持ちで私立に行ったとか、転校したとか、親に言われて付き合わなくなったというのが多いかもしれないな。人間ポイントカードができた頃から、徐々に世間体とか体裁を気にするようになって、悪い人間とは付き合わなくなる風潮ができたんだ。小学生ならば取り戻すことができる。スタート地点はみんな一緒。一生人間ポイントに左右されるならば、従うしかない。それ次第で、お金がもらえるとか将来の年金も保証される。優等生にならざるおえないだろ」

「でも、私みたいに、真面目にしていても友達ができないし、全然だめな人間もいるよ」

「花火の色を見て見ろよ。赤、緑、青、黄色、オレンジ、もっとあるよな。それぞれが違う色でそれぞれがきれいだ。どれが一番きれいとかそういう話じゃない。本当はこの国もそうであるべきだと思うんだよ。つまり多様性だ。でも、決まったことには逆らえないから、みんな表向きは真面目に生きているふりをしている。まぁ昔から表向きは真面目に生きているふりをしていた人間の方が多いけどな」

「今、少子化でしょ。だから、結婚したり、出産するとカードにポイントが加算されるらしいよ」
「俺には一生無縁だろうな。理想高いから」
「理想高いのかぁ。やっぱり、見た目がきれいな人が好きなの?」

 ドキドキしながら横にいる彼の様子をみつめる。思わぬ瞬間に視線がぶつかる。ドキリとして、すぐに逸らす。下を見つめて頬を赤らめるが、きっと薄暗いから気づかれていないだろう。

「俺の理想は高いぞ。人間的評価ポイントが高い人間を好むから」
「この学校で言ったら、夏希は高いよね。ピアノのコンクールで受賞したり、書道で金賞受賞、読書感想文でも受賞。生徒会にも所属。これだけで、高校にも入るのに有利だよね」

「俺が受験しても、学校評価がゼロだからなぁ。あと、俺が言ったのは人間的評価ポイントだぞ」
「人間的評価って……?」
「人間性ってこと」
 人間性が高い人が好き? 意味がわかりにくい。
 続けて提案をしてみる。

「私も、成績は悪い。でもさ、一緒に勉強しない?」