百戦錬磨はとても危険で狂暴な人間なはずなのに、卓越した感覚を持ち合わせていて、ちゃんと自立しようとしている。恋人だデートだと言っている学生よりも、やりたいことがないと言いながら学校に通う人よりも、一番まともな人間に見えた。それに、兄弟の面倒ばかり見ていて、ケンカなんて一度もしている様子はない。この地域はそんなに荒れた中学生も高校生もいない。この傷は、誰につけられているのだろう? 義理のお父さんの話が浮かぶ。もしかしたら、暴力を受けているのかもしれない。

 思えば、彼の自宅での生活はしらない。ただ、放課後に兄弟の面倒をみて家事をしているらしい一面しか知らない。もしかしたら、二面性があるのかもしれないし、怒ると豹変するタイプなのかもしれない。
 私は夏希と違って告白されたこともないし、男子と恋愛したこともない。男友達もいない。

「錬磨君って見かけによらず優しいね」
 手紙を渡す放課後の時間が始まった。学校では目すら合わせない。でも、この公園だと私たちは話せる友達となっていた。雨の日は子供たちは児童館で遊んでいるらしく、百戦錬磨は手紙を受け取るために屋根のあるベンチに座って待っていた。見かけによらず嬉しそうに受け取る姿にギャップと驚きを感じてしまう。少しばかりこの時間が心地いい。学校が居心地悪いせいかもしれない。友達があまりできない私。でも、この時間は話をできる相手がいる。

「別に。優しいっていう基準ってなんだろうな……」

 雨の音も優しく聞こえる。百戦錬磨との時間は私にとって特別な時間だった。同級生との距離とも違う特別な秘密を共有する仲。
『俺の夢は幸せな家庭を築くこと。なんてな。でも、人間ポイントが少ないから、生贄の対象になるかもな。この国に必要とされそうもないからな。だから、先は長くないかもしれない。俺の家族も同様に一生底辺だ。』

 この世界は人間ポイントが全てだ。つまり、人間の価値が低いとされている百戦錬磨は生贄というのはおおげさだが底辺生活となる可能性は高い。公式にポイント制公表している。しかし、これはあくまで国でどの程度の人が世の中に貢献しているのか功績を残しているか把握するためだと言っている。

 もちろん、鬼神を実際に見た者はいない。都市伝説の部類だ。しかし、最近できた人間ポイントカードと行方不明者が増加したことに関係性を抱く者は多かった。個人情報を盗むためにできたのではないかとか、GPSや盗聴機能があるのではないかとまで言われている。あくまで噂の領域だ。日本には古来から鬼神が存在し、国を破壊しないために、生贄を捧げたという記述があるらしい。歴史の資料による信憑性もあり、人々は鬼神という存在に密かに怯えるようになった。

「生贄っていうのはさすがに都市伝説のデマだと思うよ。でも、私も人間ポイントが低いんだ。親が借金したり、無職だった期間もあってね。だから、成績も悪いし、秀でた何かもない。一緒だよ。これは、夏希から」

 嘘の手紙を渡す。百戦錬磨に本音話を持ち掛ける。夏希は人間ポイントが高いはずだ。ならば、私自身の本当の状況を話そう。自分だけではないという気持ちは人を多少なりとも穏やかにさせる。

『夏希さんは、夏は好きですか? 夏祭りでやる花火大会に一緒に行けたらいいなって思ってます。俺にとって学生最後の夏だから』

 翌日渡された手紙に思わぬ誘いが。これは、私が夏希に言わずに勝手にやっている事。それを知られたら、友達として最低と思われかねない。しかし、会わなければ夏祭りに行くことはできない。

 でも、正直に言ったら、私と百戦錬磨の関係は無になってしまう――。

 人間ポイントが高いのは、収入が高く、上級国民と呼ばれる部類の人とその家族。芸術分野、スポーツ分野、勉強の分野で良い成績を残せた者。受賞歴は人間ポイントに大きく関わるということもあり、上位にするために優秀な子供を育てようと意気込む熱心な親が増加した。それが、国の目標とするべきことなのかもしれない。しかし、人間ポイントが低い人がどうなるといったことは国は発表しない。行方不明者に低ポイント者が多いという噂は聞くが、定職を持たない者や自宅を持たない者が所在がわからなくなるケースは昔から多いと思われる。別な場所に移動して仕事を探しているのかもしれないし――鬼神に捧げられてしまっているのかもしれない。でも、それは、あくまで想像の領域だ。捧げられた者は何も発信できないだろうし、死人に口なしという言葉がある。

 夏を百戦錬磨と過ごしたいという気持ちがどこかに募っていた。偽って、急遽夏希が来れなくなったから、私が来ることになったという設定を思いつく。連絡先も私のものしか教えていないし、夏希と百戦錬磨は実は全く繋がっていない。繋がっているのは私だ。

『夏祭り、一緒に行きましょう。夜空に打ちあがる大輪の花、花火大会は好きなんです』

 書いてしまった。書いた手紙をじっと読み返す。我ながらなんて大それたことをしてしまったのだろう。頬が火照る。仕舞われている朝顔が描かれた紺色の浴衣を取り出し、にやける。帯は黄色。これを着て、かんざしをつけて、髪の毛をアップにしたら――いつもと違う自分を見てもらうことに少しばかりどぎまぎする。和装姿をどう思ってくれるだろうか? 少しは可愛いと思ってくれるだろうか? でも、花火を一緒に見たい。中学生最後の夏に百戦錬磨と少しでも一緒にいたい。今まで感じたことのない感情が少しだけ芽生えていた。

 不良は祭り好きだと聞いたことがあるが、彼はどちらかというと一匹狼で祭りを好みそうもないかもしれない。もし、私が行ったら、がっかりするだろうか。でも、ドタキャンで一人ぼっちにさせるよりはずっといいだろう。自分に言い聞かせる。

 夏なんだから、思い出くらいいいよね。人間評価が低ポイントだとしても、楽しむ権利はある。この世界、明日はどうなるかなんて誰にもわからないのだから。

 自室の窓から、夏の夜空を見上げて手紙の返事を書いていた。
 きっと今年の夏は特別になる。
 きっと楽しい夏になる。
 そんな予感がした。
 そうであってほしいと願っていたのかもしれない。