伊沢と恵真は、航空大学校からの同期で、それこそ寝食を共にした仲間だった。

右も左も分からない状態から毎日必死に勉強し、厳しい訓練を乗り越えてきた恵真の全てを伊沢は知っている。

どんなに涙し、どんなに落ち込み、どんなに打ちひしがれても、そこから必死で這い上がってきた恵真を、誰よりも近くで励ましてくれた。

同じ会社に内定をもらった時は手を取り合って喜んだし、入社後もこうして何でも話せる相手でいてくれることは、恵真にとって心強い。

そんな伊沢に対して、恵真が本気で怒ったり嫌になったりなどしない。

今も、一応とがめてはみたが、別に気分を害した訳ではなかった。

「伊沢くん、今度はなんの話をしたの?まさか航空大学校時代の話とかじゃないでしょうね?」
「え?それは、あれか?毎晩寝言で、ゴーアラウンド!とか叫んで、同室のこずえが飛び起きてたやつとか?」
「えっ、それを話したの?」
「いや、それは話してない。話すならもっと面白いやつあるしな…って、いや違う。そうじゃなくてさ」

伊沢は、ポリポリと頬をかきながらうつむく。

「実は酔った勢いで、心配な同期がいるって佐倉さんに話したんだ」
「心配な同期?って、もしかして私のこと?」
「ああ。お前、航空大学校時代、事あるごとにハプニングに見舞われただろ?テストフライトでも、なぜだかお前が着陸する時だけ異様に風向き変わったり。訓練でもお前が操縦桿握ると一気に雨が降り始めたり、離陸する時にキツネが飛び出してきたり…」

ああ、そんなこともあったなと、恵真は苦笑いする。

そしてついたあだ名が、ミス・ハプニングだった。

だが、皆が冗談交じりに恵真をそう呼ぶと、教官はそれをたしなめた。

間違ってもそんな縁起の悪いあだ名をつけるな。お客様の気持ちになってみろ。そんなあだ名のついたパイロットの飛行機に乗りたいと思うか?と。

そして恵真にも、決して自分をそんなふうに思うなと真剣に諭してくれたのだった。

その言葉は恵真の心を軽くしてくれ、今でも恵真を救ってくれている。

(そう言えば、伊沢くんも教官と同じように、あの時私を励ましてくれたっけ)

恵真がぼんやりと当時のことを思い出していると、伊沢がまた真剣に話し出した。