機体が滑走路に差し掛かった時、大和が微かに首をひねったのを、恵真は視界の端に捉えた。

(どうかしたのかしら)

そう思った時、大和がいきなり告げた。

「PAPIが揺れて見える。Go around」
「Roger. Go around」

恵真が答えた時、管制官の鋭い声が聞こえてきた。

「JW 1098. Go around!Runway closed due to earthquake」

地震?と思いながら、Go around, JW 1098. と答える。

既に大和はTO/GAスイッチを押して、フラップを20まで引き上げ、機首上げ15度のゴーアラウンド姿勢で上昇を始めていた。

恵真は右旋回に備えて右側を目視する。
ライトサイド、クリアと言いかけて、ふと時計を見た。

「キャプテン。現在22時43分です」
「ん?ああ、そうか」

恵真の意図が分かったらしい大和が頷く。

「タワーに確認します」
「頼む」

アプローチの許可は、もし着陸出来なかった場合の待機地点までの飛行も含めて許可されている。

そのMissed Approach Courseに向かおうとして、恵真はある問題点に気づいた。

今回指定されたコースは、埼玉県の「KASGA」まで飛行して待機することになっているのだが、今から向かうと時刻は23時を過ぎる。

そして23時は、東京上空の騒音回避の為にオペレーションが切り替わるタイミングでもあった。
いわゆる「23時の壁」だ。

恵真は管制官に誘導を求めた。

「JW 1098. Request vecter, please」
「JW 1098. Turn left heading 180. Climb and maintain 3000」
「Left heading 180. Climb and maintain 3000. JW 1098」

やはり違うルートに切り替わるようだ。
埼玉ではなく「UTIBO」というポイントに回されるらしい。

とは言っても、地震が起こったばかりで管制官達も大変な状況だろう。

空にはまだ数機、着陸の為にアプローチを続けている機があるのだ。

あちこちに指示を出しながら、新たなルートを決めなければならない。

管制官からの指示がなければ、この機も、そして他の機も、どこをどう飛べばいいのか分からない。
とても危険な状況に陥る。

(どれくらいの地震だったのかしら。被害は?)

大和は自社と連絡を取り、地震の情報をまとめてから機内アナウンスを入れる。
千葉県が震源地の震度5強の地震らしかった。

その後も、恵真はひっきりなしに管制官と交信を続けていた。

他機も大わらわなのだろう。
呼びかけを聞き逃し、Did you call me?と慌てて聞き返したり、Confirm maintain 4000?と、再度数値を確認したりしている。