「こずえちゃん…」

手にしたスマートフォンに弱々しく呼びかけると、こずえの驚いた声がする。

「ど、どうしたの?恵真。ひょっとして泣いてる?」
「泣いてない」
「いや、泣いてるでしょ?」
「勝手に涙が出てくるだけ」
「それを泣いてるって言うの!どうした?何かあった?」

恵真は、ううっと肩で息を吸う。

あのあと、伊沢と別れてなんとか乗務をこなしたものの、マンションの部屋に帰るとやはり思い出してしまい、たまらず恵真はこずえに電話をかけた。

「あのね、私、伊沢くんを怒らせちゃった…」
「ええー?あの伊沢を?」
「うん。あ、ほんとに怒られた訳じゃないの。でも伊沢くんが我慢してくれただけ。きっと心の中では私のこと怒ってる。どうしよう…、こずえちゃん。私、今までずっと伊沢くんを頼ってきて、なんでも相談してきたの。その伊沢くんが、あんなふうに…」

思い出すとまた涙が溢れて言葉にならない。

「恵真、落ち着いて。何があったか話して。ね?」

うん、と頷いて恵真は食堂での伊沢との会話を話す。

「…なるほどね。そういうことか」
「そういうことって、え、こずえちゃんは分かるの?どうして伊沢くんが怒ったか」
「うん、分かるよ」

え!と恵真は驚いて声を上げる。

「どうして分かるの?教えて!伊沢くんは何を私に怒ったの?」
「んー、それは私の口からは言えない。でもね、恵真。伊沢は本気で恵真に怒った訳じゃないよ。ただ、そうだなー、歯がゆくなったのかな?」

恵真はこずえの言葉の意味を必死で考えてみたが、やはりよく分からない。

「こずえちゃん、私、どうしたらいい?謝りたいけど、悪くないのに謝るなって言われて…。でも、伊沢くんに嫌われたくないの。またいつもみたいに明るく話したいの。どうすればいいの?」

涙声で、すがるようにこずえに聞く。

「んー、難しいな。でもね、恵真。少し伊沢に時間をあげて?あいつ、今まで本当に恵真のことを大事に支えてきたと思うの。だから今度は恵真が伊沢のことを待ってあげて。ね?」
「…うん、分かった。心細いけど、伊沢くんを頼らずに一人で頑張ってみる」
「よし!えらいぞ。その分私が話を聞くから。いつでも電話してきなよ?」
「ありがとう…、ほんとにありがとう、こずえちゃん、ぐすん」
「もう、ほら!泣かないの!」

こずえは半分笑って恵真を励ます。

「明日もフライト?」
「うん。広島往復」
「お、いいねー!広島焼きでも食べて、元気出しな!」
「ありがとう。こずえちゃんも乗務頑張ってね。話聞いてくれてありがとね」
「はいよー!おやすみ、恵真」
「おやすみなさい」

通話を終えた恵真は、気合いを入れる。

(こずえちゃんの言う通り、いつまでも伊沢くんを頼っちゃいけない。これからは自分一人で頑張らなきゃ!)

ギュッと唇を噛み締めて、恵真は頷いた。