Good day !【書籍化】



「あ、佐倉さん! お疲れ様です。聞きましたよー、マイクロバーストの中、一発ランディングですって?」

更衣室に入ると、顔見知りの副操縦士が大和に笑顔で話しかけてきた。

「別に大したことじゃない。タイミングが合ったから下りただけだ」

ネクタイを緩めながら、淡々と答える。

「いやー、それがなかなか出来ないからみんな困ってるんですよ。でもかっこいいなー。俺もサラッと言ってみたいです。『別に大したことじゃない』って」
「なんだ? それ、俺の真似か?」

最後のセリフが妙に低い声だったのを突っ込むと、あはは!と軽く流された。

「それより佐倉さん。今日は車ですか?」
「ああ、そうだけど」
「良かったですね。強風の影響で、電車はノロノロ運転らしいですよ。止まってるところもあるそうです。タクシーも全然捕まらないみたいだし、俺も今日は車にしておいて正解だったな」

ではお先に失礼します!と去っていくうしろ姿に、お疲れ様と言ってから、大和はふと恵真を思い出した。

(あいつ、無事に帰れるのかな?)

着替えを済ませて更衣室を出ると、廊下の先で立ち止まり、スマートフォンで電車の運行状況を見る。

やはりどの路線も強風の影響が出ていた。

(無理もないか。台風並みの風だしな)

ふと足音がして顔を上げると、廊下の端からこちらに向かってくる恵真の姿が見えた。

細身のジーンズにオフホワイトのジャケット姿で、パイロットの制服を着ている時より女性らしい。

大和に気づくと、驚いたように目を見開いた。

「お疲れ様です。まだお帰りじゃなかったんですか?」
「ああ。お前、帰りは電車か?」
「え? はい、そうですけど……」
「風の影響で、どこも徐行運転か一時見合せだ。大変だから車で送る」

そう言うと、ええ!?と声を上げる恵真に背中を向けて歩き出す。

「あ、あの! 佐倉さん!」
「なんだ?」
「まさかそんな、キャプテンに送っていただくなんて、コーパイの分際であり得ません」
「なんだそれ。そんな決まりあったか?」

足早に駐車場に向かいながら答えると、恵真が必死に追いついて来た。

「決まりはありませんが、私としてはあり得ません。お気持ちだけいただきます。それでは失礼いたします」

頭を下げるとくるりと背を向け、来た道を歩き出す。

「わー、ちょっと待て!」

大和は思わず呼び止めた。

「そ、その、話があるんだ。そう! 今日のフライトのことで」

すると恵真はビタリと立ち止まり、真剣な表情で振り返った。

「あ、そうですよね。デブリーフィングもきちんと出来なかったし、オフィスでは私へのダメ出しも言いづらいですよね。分かりました」

そう言って素直に戻って来た。

(いや、そんな話はない、んだけど……)

とにかく車に乗せようと、大和は黙っておくことにした。