「朱里、送っていく」

皆に挨拶し、玄関で靴を履いていると瑛が声をかけてきた。

「え?いいよ、わざわざ」
「いや、ちょっと話があるんだ」

そう言って瑛は、朱里よりも先に行き玄関を開けた。

「なあに?話って」

屋敷の門を出て肩を並べながら、朱里は尋ねる。

「うん、俺さ。来年、春頃に正式に婚約することになった」
「そうなんだね!おめでとう。じゃあ、結納とかも?」
「ああ。春休みにするつもりだ」
「そっか。いよいよだね」
「うん、結婚はまだ先になるけど。それでさ、俺…」

言い淀む瑛の横顔を見ながら朱里が促す。

「どうしたの?」
「うん、その。こんなふうに朱里と話したりするのも、もうやめようと思ってる」

え…と、朱里は思わず足を止めそうになった。

「それは、会話をしたりしないってこと?」
「ああ。必要なことしか話さない」
「…それって、もう私とは…友達じゃないってこと?」

言いながら朱里は声が震えてしまう。
だが、瑛はきっぱりと頷いた。

「そうだ」

一気に涙が込み上げてくる。
だが、泣く訳にはいかない。

「そっか。分かった」

朱里は足を止めて瑛に向き合った。

「じゃあもうここで」
「ああ」
「今までありがとう、瑛。聖美さんとお幸せにね」
「こちらこそありがとう。朱里も、幸せにな」
「うん。じゃあ」

そう言うと朱里はくるりと背中を向け、足早に家に入る。

玄関の鍵をかけると2階に駆け上がり、自分の部屋のベッドに突っ伏した。

とめどなく涙が溢れてくる。
胸が張り裂けそうに辛かった。
朱里はまるで子どものように、声を上げて泣き続けた。