「それでは、結婚は今すぐという訳ではなく、瑛くんが大学を卒業して仕事が落ち着いた頃に、ということでいいかな?」

次の週末。
瑛は聖美の屋敷を訪れ、聖美の両親を交えて具体的に結婚の時期について話し合っていた。

「はい。こちらの都合で申し訳ありませんが、出来ればその頃までお待ち頂ければと。社会人としてしっかり聖美さんをお守り出来るようになってから、聖美さんをお迎えに参りたいと思っております」

隣に座った聖美が頬を赤らめてうつむく。
聖美の両親も、微笑んで頷いた。

「もちろん異論はありません。聖美もまだまだ未熟者ですし、そちらに迎えて頂くまでにしっかりと身につけなければならないこともあります」
「そうよ、聖美。瑛さんの為にしっかり尽くせるよう、家事や料理も腕を上げなくてはね」
「はい」

その後は穏やかにお茶を飲みながら雑談し、瑛は聖美の屋敷をあとにした。

帰りの車の中で、瑛はふと菊川に声をかける。

「菊川、お前はいつ結婚するつもりなんだ?」
「は?私ですか?」

菊川は意外そうに聞き返す。

「ああ。お前、今32だろ?そろそろ結婚を考えてもおかしくない年じゃないか」
「私は自分の結婚は考えておりません。少なくとも今は考えられません」
「なぜだ?いつなら考えられるんだ?」
「瑛さんが結婚されてからです」

えっ…と瑛は言葉に詰まる。

「そんなことは気にするな。お前はお前の人生を大事にしろ。桐生家にばかり関わってないで、ちゃんと自分のプライベートの時間も持てよ」
「はい、ありがとうございます。ですが、特にやりたいこともないですし」
「そんなこと言って…。好きな女性もいないのか?」
「はい、おりません」
「おい、きっぱり否定するな!ちょっとは考えろ!誰かいないのか?身近な人で、気の合う人とか…」
「はい、おりません」
「即答するなっての!」

瑛は、やれやれとため息をつく。

菊川、そして朱里も。
自分にとって眩しい世界に住む人達は、一体この先どんな道を行くのだろう。

好きな人と結ばれ、好きなことをしながら、毎日自由に楽しく過ごしていくのだろうな。

自分には無縁のキラキラと輝く世界で。

(いけない、なんでこんなことを考えてしまうんだ)

いつも封印しているはずの気持ちを持て余し、瑛はまたため息をついた。