「お、朱里。来てたんだ」
 「うん、お邪魔してます」

 すると瑛の後ろから菊川がすっと姿を現し、朱里にお辞儀をした。

 「朱里さん、夕べはお騒がせして申し訳ありませんでした」
 「いえ、そんな。大丈夫ですから」

 優を膝に抱きながら、朱里は慌てて菊川に手を振ってみせる。

 「それで、どうだったの?警察の方は」

 雅が瑛に聞くと、瑛はソファの向かい側に腰を下ろした。

 「んー、まあ、未遂に終わったから被害は何もないんだけどさ」

 どうやら夕べの犯人のことで、瑛は菊川と警察に話を聞きに行っていたようだった。

 「犯人は、親父がアメリカでソフィアコーポレーションと提携した合同会見のネットニュースを見て、うちに忍び込んだらしい。親父がアメリカにいて、今この屋敷は手薄だと思ったんだってさ」
 「なるほどねえ」

 ため息をつく雅の横で、朱里は思わず身を縮める。

 (うわっ、なんだか怖いな。そんなことで泥棒のターゲットにされるなんて…)

 しばらく何かを考えていた雅が口を開く。

 「菊川、あなた両親が帰ってくるまでここに泊まってくれないかしら。瑛はともかく、朱里ちゃんに何かあってはいけないわ。朱里ちゃんのところも、今ご両親お留守なんでしょう?」
 「ええ、そうですけど。でも私のことはどうぞお気になさらず」

 朱里の父は名古屋に単身赴任中で、初めの半年程は、母は父の様子を見に頻繁に父のもとを訪れていたが、今はほぼ向こうで父と一緒に生活していた。

 朱里ももう21歳。
 一人で暮らすのに困るような年齢でもない。

 そんな朱里に、雅は心配そうに続ける。

 「だけど、夕べだって朱里ちゃんにご迷惑かけた訳だし。菊川が捕まえなかったら、犯人は朱里ちゃんの家に逃げ込もうとしたかもしれないのよ?」

 そう言われると、朱里も怖くなってきた。
 すると瑛が、ははっと笑い出す。

 「いやー、でもそしたら朱里のあの強烈なビンタを食らってノックアウトされたと思うけどな」

 雅は瑛を横目で睨む。

 「瑛!あなた、朱里ちゃんになんてこと言うのよ。うちのせいで朱里ちゃんに何かあったらどうするつもり?」
 「瑛さん、お嬢様のおっしゃる通りです。朱里さんに危険が及ぶようなことは決して許されません」

 凛とした雰囲気を醸し出しながら、菊川が静かに朱里に話し出す。

 「朱里さん、夕べは怖い思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした。しばらくは私もこちらに泊まり込み、警戒します。朱里さんのことは、私が必ずお守りいたします」

 真剣な眼差しでじっと見つめられ、朱里は思わず言葉を失った。

 「朱里ちゃん、何かあったらいつでも菊川に言ってね。菊川、朱里ちゃんの家に近い部屋に泊まってくれる?」
 「はい、かしこまりました」

 雅と菊川のやり取りを聞きながら、瑛はどこかふてくされたように下を向いていた。