そっと部屋の様子をうかがいながら入っていくと、優の隣に横になっている瑛が、曲げた右腕で頭を支えながら優の寝顔を見ていた。

「お待たせ。どう?優くん」
「ああ、良く寝てるよ」
「そう。良かった」

朱里も優の隣の布団に入る。
優を挟んで瑛が朱里に声をかけてきた。

「悪いな、朱里。こっちの都合でここに泊まってくれって言った挙句に、子守りまで頼んじゃって」
「ううん、そんなことない。優くんと過ごせて楽しいし」
「朱里。お前、早く結婚して子ども欲しいのか?」
「え?なに、急に」
「いや、なんとなく」

瑛は腕を外すと枕に頭を載せて天井を見上げる。

「朱里はさ、普通に結婚して普通に幸せに暮らすんだろうな。可愛い赤ちゃんや優しい旦那さんと一緒に、毎日普通に楽しく暮らすんだろうな」
「ん?なあに?そんなに普通って連呼されると、なんだか意味深に聞こえてくるんだけど」
「違うよ。普通に幸せって、最高にいいことだよ」

朱里は返事もせずに、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「瑛?どうしてそんなに普通にこだわるの?」
「んー、俺が手に出来ないからかな」

思わず朱里は、顔を横に向けて瑛を見つめる。

「俺さ、普通って最高に幸せなことだと思うんだ。人と普通に話せる、友達も普通に出来る、普通の生活を送れる、同じ感覚で普通に相手が接してくれる。それってさ、もの凄く幸せなことだよ、俺にとっては」
「瑛…」

朱里は以前、菊川が話してくれた言葉を思い出す。

何でも話せる友人が出来ない瑛と雅。
今の瑛の言葉がそれを物語っていた。

「ねえ、瑛」
「ん?なに」
「私はね、瑛もお姉さんも普通に大好きだよ。何でも話せるし、小さい時からいつも一緒にいた大切な親友だよ。瑛は違うのかもしれないけど、私は瑛にもお姉さんにも何の隔たりも感じない。何も身構えずに話が出来るし、話題が噛み合わないなんてこともない。普通におもしろいことを一緒に笑い合えるし、からかわれたら普通に怒るしね。あ、そうそう。驚いて思わず引っ叩いちゃったりもね」

ふふふっと朱里は思い出したように笑う。

瑛は何も返事をせずにじっと耳を傾けていた。

「んー、ただそれを伝えたかったの。ごめんね。じゃあ、おやすみなさい」

そう言って目を閉じた朱里の耳に、おやすみという瑛の言葉が聞こえてきた。

その声は、少し涙でかすれていた。