紫苑君は、もう家に帰っちゃったかな? もしそうだとしても、乗り込めばいい。

 そんな意気込みでいたけど、通学路の途中、前に紫苑君と会ったあの公園の前を通った時。

『ん? あーっ、芹! せーり! あれ見てあれ!』
「何? あっ、紫苑君!?」

 そこにはベンチに腰かけて、俯いている紫苑君の姿が。
 こんな所で寄り道してたんだ。

 だったら、これは好都合。
 公園に足を踏み入れた私はすうっと息を吸い込んで、彼の名前を呼んだ。

「紫苑君!」
「えっ、芹さん?」

 顔を上げて、目を見開く紫苑君。私は急いで、彼の元へと駆け寄った。

「どうしたの、こんな所で? もう遅いのに」
「紫苑君こそ、何してるの?」
「僕はその……ちょっと考え事してて……」

 そっと目を反らされる。
 この前振ってしまったんだもの。やっぱり気まずいのか、見えない壁があるみたい。
 そして反らした目線の先には、お姉ちゃんがいた。

 と言っても、紫苑君にお姉ちゃんの姿は見えないはずだから、これは偶然。
 だけどそんな二人を見て、ピーンときた。そういえば今日は……。

「ひょっとして、お姉ちゃんのこと考えてた?」
「うん。丁度今日で3年だからね、奈沙さんが亡くなってから」

 今日は紫苑君の誕生日であると同時に、お姉ちゃんの命日。
 紫苑君だって、お姉ちゃんと仲良しだったんだもの。プレゼントを用意してきたけど、もしかしたら紫苑君は、誕生日を祝う気持ちにはなれないのかもしれない。

 だけど……ううん、だからこそ今は。

「紫苑君、あのね。3年前のあの日、渡せなかった物があるの」
「えっ?」

 手提げから、ラッピングされた包みを取り出す。
 中に入っているのは昨日買いに行った、紫苑君への誕生日プレゼント。
 そしてその中身は、ブックカバーと栞、そして汗拭き用のタオル。3年前、渡すことのできなかったプレゼントと、同じラインナップだ。

 お姉ちゃんと相談して色々考えたけど、結局はここに落ち着いた。
 あの日渡せなかった、私達からのプレゼント。今度こそそれを、渡したかった。

「これ、誕生日プレゼント。受け取ってくれる?」
「僕に? けど良いの? 今日は奈沙さんが亡くなった日で、誕生日って雰囲気でもないし」
「良いの。だってお姉ちゃんだよ。そんなこと気にせずにパーッとお祝いしなさいって、言うに決まってるもん」
『そのとーり! 遠慮しないで、受け取っちゃってよ』

 言うに決まってると言うか、現に本人がこう言っているんだけどね。

「妹の私が言うんだから、間違い無いよ」
「確かに。奈沙さんなら言いそう」

 紫苑君はビックリしたみたいだったけど、すぐにクスリと笑う。
 そしてプレゼントを受け取ってくれて、掛かっていたリボンをほいた。

「これは、ブックカバーに栞。それにタオル」
「ブックカバーと栞は私の、タオルはお姉ちゃんのアイディアなの。あの時渡せなかったのとは物は違うけど、私とお姉ちゃんで考えて選んだ物だから。受け取ってくれる?」
「もちろん。ありがとう、大事にするよ」

 見ているこっちの方が嬉しくなる、優しい微笑み。
 やっぱり悲しい顔よりも、笑っている紫苑君の方が好きだ。

 これでプレゼントは渡せたけど、もうひとつ。
 大切なことを言わなくちゃ。

「それとね紫苑君。この前のハイキングで、言ってくれた事なんだけど……」
「あっ……ああ、うん。アレね。あの時は、変な事を言ってごめん。忘れてくれていいから」
「わー、待って待って待って。ひ、ひとつ聞かせてほしいの。どうしてお姉ちゃんじゃなくて、私だったの? お姉ちゃんの方がずっと可愛いし、何でもできたのに」
「それは……」

 好って言われたあの時から、ずっと不思議に思っていた。
 お姉ちゃんは私の上位互換。誰だって私とお姉ちゃんだったら、お姉ちゃんを選ぶ。そう思っていたけど。

「……一生懸命な、所かな」
「ふぇ?」
「確かに奈沙さんの方が器用で何でもできてたけど、芹さんだって追い付こうって、いつも頑張ってたじゃない。芹さんのそういう所、きっとたくさんの人に元気を与えてると思う。そんな芹さんだから、僕は好きになったんだ」

 照れた様子で、だけどちゃんと答えてくれる紫苑君。

 そっか。私のこと、そんな風に見てくれてたんだ。
 今まで、お姉ちゃんはできるんだから私も頑張れって言われるのは、苦痛でしかなかった。
 だけど今、頑張って良かったって、初めて思えた。

『いい加減認めてあげようよ。紫苑君は、ずっと芹の事が大好きだったんだから。だいたいバスケを始めたのだって芹が、バスケマンガのキャラを格好良くて好きって言ったからなんだよ』
「え、バスケ始めたのって、カイト君に憧れたからじゃなかったの?」

 カイト君は、昔私がハマッていたバスケ漫画の主人公。紫苑君も好きなマンガで、てっきり彼もカイト君に憧れて始めたんだとばかり思ってたのに。

 思わず声を上げちゃったけど、お姉ちゃんの声が聞こえない紫苑君は、困惑した様子。

「どういうこと? どうして今、バスケの話が?」
「え、ええと、その。前にお姉ちゃんが、紫苑君がバスケを始めたのは、私がカイト君のこと格好良いって言ったからだって言ったのを思い出して」
「──っ! 奈沙さん、内緒にしててって言ったのに」

 照れたように握った右手で口元を隠しながら、耳まで真っ赤になる。

 か、可愛い! 男の子の照れ顔って、どうしてこうも破壊力抜群なんだろう。
 だけど恥ずかしいのは、紫苑君だけじゃない。
 私だって今にも、頭が沸騰して気絶しちゃいそう。

『いい、芹。紫苑君はあんたに格好良いって言われたい一心で、バスケを頑張ってきたんだよ』

 わ、私に恰好良いって言われたかったから?
 嬉しいやら恥ずかしいやらで、おかしくなっちゃいそうだよ。