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喫茶店を出た後、送ろうとしてくる葵斗を突き飛ばし、逃亡した葉緩。

家までの帰路をトボトボと歩きながら小さな脳で考え込んでいた。



(こんなに複雑な気持ち、はじめてでわかりません。私は葵斗くんのこと、どう想っているのでしょうか)


生まれた時から魂の主に会うことだけを心待ちにし、ようやく出会えた桐哉に心を躍らせた。

高校生になってついに桐哉に運命の伴侶が現れ、それはもう葉緩は有頂天になっていた。

だから葵斗に振り回されることで突き落とされたような気分になっていた。



(正直、ずるいです。壁にキスしてたのは……はじめから気づいてのことだったなんて。反則です)



ふわふわしたり、ドキドキしたり、怖くなったり。

これではまるでジェットコースターに乗っているようだ。

落ち着くことのない気持ちに酔ってしまいそうだ。



「愛屋及烏(あいおくきゅうう)、それは盲愛です。私の心は何処に……」


そこで葉緩はハッとし、大きく一歩後退る。

砂利を足裏で踏みつぶしながら元々立っていた場所に突き刺さるものを見て目尻を鋭く尖らせた。



「手裏剣……何者!?」

「四ツ井のくノ一、葉緩だな?」


目の前に現れたのは忍びの装束をした女だった。

月明かりに照らされる一つに結われた艶やかな藍の髪が揺れている。

葉緩は息をつき、忍びとして女に相対した。



「そちらから名乗るのが礼儀ではありませんか?」

「ふっ、そうね。あたしは望月 咲千代(もちづき さちよ)。葵斗の遠縁で、くノ一よ」



学校で放たれた矢は咲千代によるものと察し、葉緩は強く咲千代を睨みつける。



「他家の忍が何の用ですか? 不可侵は守っていただかなくては」

「そうしたいところだけど、うちの葵斗があなたにお世話になっているようだから」

「やはり、葵斗くんは忍びの家系だったんですね」



これで合点がいった。

葵斗は忍びであり、葉緩もまたそうであると知っていた。

自ら正体を明かすことの出来ない歯がゆさに、ようやく葉緩は納得したのだった。


ムスッと不機嫌になる葉緩に、咲千代は口元に手をあてクスリと笑う。



「単刀直入に言いましょう。 葵斗に近づかないでくださる?」

「何故、あなたがそんなことを」

「裏切り者の子孫。それがあなたよ、葉緩さん」


ギリッと強く歯を食いしばり、葉緩へと毒を吐く。


「抜忍が忍びの家系を名乗るとは」

「……抜忍?」

「あら、知らなかったの? 番のいる忍を誘惑し、抜け忍した。その子孫が今の四ツ井家だ」



はじめて知る情報に目を見開く。

そんなことを一度たりとも、宗芭は口にしなかった。


抜け忍とは、属していた忍者の集団を抜け出した者を指す。

その多くは裏切り者を差している。


もし四ツ井家が元居た忍びの里を裏切り、抜けたのだとしたら大義に背いたということだ。

咲千代が葉緩を苛立つ理由にも正当性があった。


「またしても我が一族の者を惑わすか? 本来、葵斗の番(つがい)はお前ではない」


――また、匂い。


胸が締め付けられる。


何だというのか。ズキズキするこの痛みは、不愉快だ。