────再び歩き出しても、彼は手を離さなかった。
こんなふうに手を繋いで歩くのなんて、いつ以来だろう?
何だか、ほどく気にはならない。
不思議と恐怖心も消えていて、それより懐かしむ気持ちが強まっていた。
(うまく、やれてるのかな?)
窺うように見上げれば、理人はどこか嬉しそうに見えた。
このままいけば、殺されずに済む……?
「あ、そういえば知ってる? 駅前にできた《《ベーカリー》》」
ふと投げかけられた言葉に、わたしは眉を寄せて内心首を傾げた。
(ケーキ屋だったはずじゃ……?)
思わず尋ねかけて、すんでのところで飲み込んだ。
危なかった。
鎌をかけているのだ。
「……そんなのできたんだ。今度行きたいなぁ」
繕うように笑うものの、冷や汗が滲んだ。
触れたてのひらから動揺が伝わってしまわないか不安になる。
(まさか、これもそのためだったの……?)
過去を懐かしんだわけではなく、わたしの些細な反応を見逃さないために手を繋いだのかもしれない。
忘れたはずの恐怖心がかき立てられる。
もう、分からない。
どこまでが計算で、どこまでが本心なのだろう。
「ああ、ごめん。ケーキ屋だったかも」
ややあって苦笑した理人は、それでも泰然自若としたものだった。
やはり、わたしの反応を見ていたんだ。
つい怯んでしまうと、彼はふいに表情を消す。
じっとわたしを見つめたまま首を傾げる。
「────この話、前にもしなかった?」
どくん、と心臓が跳ねた。
図らずも身が硬くなる。
「してないよ……。初めて聞いた」
細い声で答える。震えないよう必死だった。
理人は満足そうににっこりと笑う。
「そっか。……それならよかった」
その言葉で悟った。
彼は記憶を確かめたかったんだ。
わたしが“前回”を覚えているのかどうかを。



