「……菜乃? ぼんやりしてるけど大丈夫?」
「あ、うん」
誤魔化すように笑う。
今日、何度目のぎこちない笑顔だろう。
結末を知ってからは、とても以前のようには振る舞えない。
「でも、ごめん。今日はまっすぐ帰らない?」
「僕は全然いいけど。じゃあ、寄り道は明日にしようか。菜乃も疲れてるみたいだし」
ひっそりと小さく息をつく。
「うん、ありがとう」
理人に怪しまれないようにしないと。
彼がこういう態度を取るということは、わたしに記憶があることを知らないはずだから。
きっと、悟られないようにした方がいい。
「そっちのクラスはどう?」
「だいぶ慣れたよ」
「友だちできた?」
「うーん……。わたしには理人しかいないから」
慎重に言葉を選んだ。
“友だち”というワードに“前回”のことがよぎったのだ。
『知らなかった。菜乃にそんな子がいたんだ?』
あのとき、理人はかなり過剰な反応を見せていた。
『よかった。菜乃に悪い虫がついたら心配だからね』
わたしに友だちがいる、ということにそれほど驚いたのか、いま思えば言葉の端々に出ていたような気がする。
ショックや拒絶、苛立ちのようなものが。
────もしかしたら彼は、いつまでもわたしをその手に留めておきたいのかもしれない。
自意識過剰な勘違いでなければ、そうなんだと思う。
これまではずっと、自分が理人のお荷物になっていると思っていた。
でも、そうじゃなかったら?
それが、理人の本意だったら?
考えもしなかったけれど、気づかない方が幸せだったかもしれない。
何も知らずにいた方が、理人の甘さに素直に溺れていられた。
それなら、わたしも殺されずに済んだのだろうか。
「そっか。でも、落ち込まなくていいよ。菜乃には僕がいれば十分なんだから。そうでしょ?」
満足そうに彼は微笑む。
背筋がぞくりと冷えて、撫でられた頭の先から凍りついていくような気がした。



