世界が壊れていく。

 また、僕のもとから菜乃がいなくなってしまう。

 何度繰り返しても、何度塗り替えても、どうして僕は君の瞳に映らないの?

『私、好きな人が出来たかも』

 ……ああ、と目を閉じる。

(また、失敗したんだ)

 思わず自嘲するような笑いがこぼれた。



*



「……菜乃。その“好きな人”って、向坂くんでしょ」

「えっ!?」

 あまりに驚いて、素っ頓狂な声が出た。

「な、何で分かったの?」

 またしても頬がじわじわと熱を帯びていく。

 そんなに私って分かりやすいのかな。

 どぎまぎしていると、ふっと理人が穏やかに笑った。

「そりゃ分かるよ。どれだけ一緒に過ごしてきたと思ってるの」

 何だかテレパシーみたいだ。

 ときどき、本当に心が読めるのではないかと思うほど、理人は鋭いときがある。

 向坂くんのことは内緒にしていたはずなのに、いつの間にかバレていたようだ。

 思わず力が抜け、照れたように笑って頷く。

「……そう。私、向坂くんが好きみたい」

 ────ざぁ、と吹いた風が、夕方ののどかな空気を攫っていく。

 私と理人の髪が揺れる。

「……ありえないよ」

 不意に彼の顔から温度がなくなった。

 いつもの微笑なのに、あたたかみだけが抜け落ちて、冷たく凍てついて見える。

 一歩、理人が踏み込んだと思ったら、次の瞬間には腕を掴まれていた。

「え?」

 そのまま強く押され、背にブロック塀が当たった。

 まともに打ち付け、背と腕が鈍く痛む。

 どさ、と鞄が地面に転がる。

「理人……?」

 突然の行動に困惑した。

 理人はこんな乱暴なことをするような人じゃない。

 戸惑ったように彼を見上げれば、理人も縋るような眼差しをしていた。

「何で……」

 そう呟いた彼の真意は分からない。

 私はただただ気圧されるような形で、その双眸を捉えていた。

 ぎりぎりと腕が締め上げられ、彼の爪が食い込む。

「い、痛い……!」

 (よじ)って抜け出そうとしても、まったく敵わなかった。

 彼のどこにこんな力があったのかと驚愕してしまう。

「やめ、て。離して、理人……っ」

 塀と擦れた手の甲がひりひりした。

 それ以前に腕がもう限界だった。骨が割れてしまいそうなくらい痛い。

 ただ押さえ付けられているだけなのに、まるで(はりつけ)にでもされたかのように身動きが取れない。