狂愛メランコリー


 ()()、確かに理人に殺されたはず────。

 帰り道、抵抗の余地もなく何か重いもので頭を殴打された。

 それから、どうなっていま、自分のベッドの上で目を覚ますことになったのだろう。

 そのとき、階下から声が聞こえてきた。

「菜乃、どうかしたの!?」

 焦ったようなお母さんの声だ。
 悲鳴を聞きつけ、心配してくれたのだろう。

「な、何でもない! 大丈夫……!」

 とっさにそう答えてスマホを確認すると、まだアラームまで1時間近くあった。

(夢だったのかな……?)

 そうは思えないほど生々しくてリアルだったけれど。

 今日は何だか彼に会いたくない。

 わたしは急いで支度を済ませ、最後に腕時計をつける。
 理人が来る前にひとりで家を出た。



(……夢だったんだよね?)

 何度も何度も繰り返し自問自答した。

 そんなの当たり前のはずなのに、どこか()せない思いが拭えない。

 そのうち、わたしが殺された場所にさしかかった。

 塀の下、地面に転がっているレンガが目に入る。
 きっと、あれで殴られたのだ。

「……っ」

 ぎゅ、と鞄の持ち手を強く握り締め、わたしは再び歩を進める。

 そのとき、ふいにスマホが震えて思わずびくりと肩を揺らした。

 取り出して見ると、理人からのメッセージだった。

【おはよう、いつも通り迎えにいくね】

  表示された通知を目にすると、なぜか心臓が冷たい拍動をする。
 彼に対して身体が勝手に拒絶反応を示していた。

 ふと、ロック画面の日付が目に入る。

「……え?」

 ────4月28日。

 まだ、夢の中にいるのだろうか。

 おかしい。
 “昨日”は確かに、4月30日だったはずなのに。

「どういうこと……?」

 小さく呟いた声は不安気に揺らいだ。

 何か、とんでもないことに巻き込まれてしまったかのような予感にあわ立つ。

(向坂くん────)

 ふとその名前が頭に浮かんだ途端、気づけば地面を蹴って駆け出していた。

 彼に会いたい。

 向坂くんに会えば、夢と現実の境界線が分かるかもしれない。