狂愛メランコリー


 先ほど目にした大きな鉄板が落下したのだった。

 それを吊るしていたロープがなぜか切れている。
 まるで誰かがぷっつりと切断したみたいに綺麗な切り口だった。

(ありえない……)

 作為的(さくいてき)な何かを感じる。

 蒼くんはそれとわたしを見比べ、やがて言った。

「……もしかして、予知したの?」

 当たらずも遠からず、だった。
 一度経験したことがあるから、知っていただけなのだけれど。

 向坂くんから離れても、死の気配は至るところに潜んでいるのだと思い知る。

「わたしにもよく分からないんだけど、さっき急に記憶が────」

 そこまで言ったとき、すぐ横に音もなく先ほどの人影が迫っていた。
 ふっと(かげ)って、反射的に顔を上げる。

「菜乃ちゃん……!!」

 驚いたような蒼くんの声が聞こえたと同時に、腹部に強い痛みが走った。

 見下ろすと腹部から血があふれていて、制服に赤黒い染みが広がっていく。
 その中心に包丁が突き立てられていた。

 目の前の見知らぬ男が、にたりと笑って引き抜く。

『わ、近くで通り魔だって。犯人は現在も逃走中……』

 ふいに、電車の中で蒼くんが言っていたことが蘇った。

(まさか、この人が……?)

 ふら、とたたらを踏んだ。
 呼吸が震える。

「蒼、くん……」

 助けて────。

「……っ」

 衝撃が遅れてやってきて、身体に感覚が戻った。

 熱い。痛い。
 激痛が現実感を訴えて止まず、がく、と膝から崩れ落ちる。

「おまえ……っ!」

 愕然としていた蒼くんは我に返ると、勢いよく男に掴みかかる。

 男が包丁をでたらめに振った。
 切っ先が蒼くんの腕を掠める。

「う……」

 彼は顔を歪め、傷を押さえた。

 思ったより深そうで、ぼたぼたとあふれる鮮血が止まらない。

「蒼くん……!」

 だめだ、このままじゃ。
 彼まで殺されてしまう。

「逃げて!」

「でも────」

「いいから……っ」

 こんな緊迫した状況で自分の身に危機が迫ってもなお、わたしを気にかけてくれるなんて。
 その事実があるだけでも十分だ。

 今日、また“死”に追いつかれて負けてしまっても。
 “明日”、また蒼くんがすべてを忘れてしまっても。