「よ、花宮」
向坂くんだ。待ち構えていたにちがいない。
行く手を阻むように悠然と立っている。
「な……」
あまりの衝撃に言葉にならない声をこぼしつつ、おののくように彼を見上げた。
「今日は会いにこなかったな。ずっと待ってたのに」
どこか寂しげに言われるけれど、そこに含まれる真意はもう分かっている。
早いところ手をかけられなくて残念がっているだけだ。
いちいち惑わされたくないのに、つつかれたように気持ちが揺れる。
「向坂くん……」
「何だよ、その顔。何かびびってんの?」
彼は高圧的にわたしを見下ろして冷ややかに笑う。
一歩踏み込まれ、反射的にあとずさった。
そんなわたしの反応を見た彼は、じっと推し量るように見つめてくる。
(あ……)
“昨日”を覚えているんじゃないか、と訝しんでいるのかもしれない。
何もかも見透かされてしまいそうで、怖くなって逃げるように視線を逸らした。
「……へぇ。マジで分かりやすいな、おまえ」
興がるように言い、今度は足を止めることなく歩み寄ってくる。
壁際まで追い詰められると、すぐ横に手が置かれた。
逃げ場を失ったわたしは、至近距離にいる彼から視線だけでも逃れようと顔を背ける。
「三澄もこんな気持ちだったのかもな」
そう呟くと、すっと顔を寄せられた。
彼の髪が肌に触れ、息遣いを間近で感じ、言葉の半分も理解できないうちに心が飲み込まれる。
どうしてなんだろう。
殺されると分かっているのに、こんなときでも想いは募って止まない。
どきどきしてしまう心臓が痛い。
嫌になるくらい、甘く焦がれる。
「────もしかして、覚えてんの?」
耳元でささやかれる。
低めたその声は掠れ、余韻を残して消えていく。
そのせいで何を言われたのか、理解が一拍遅れた。
はっとしたわたしはつい、目を見張ったまま彼の方を見やる。
(やっぱり、記憶のこと疑われてる)



